バレーボール男子日本代表の西本圭吾選手について、「結婚しているの?」「奥さんはどんな人?」と気になって調べる人が増えています。試合中の力強いガッツポーズや雄叫びの印象が強いぶん、コートの外の顔が見えにくい選手だからですよね。
西本圭吾選手は2023年の春に一般の女性と入籍していて、いまは2人のお子さんのお父さんです。
入籍の報告や奥さんについて本人が話したこと、高校や出身中学といった生い立ちも、本人の発言と公表されている記録で確かめられます。
- 結婚は2023年春で、相手は一般の女性であること
- 奥さんの人柄と、子ども2人が生まれた時期
- 出身高校の尾道高校と、出身中学について出ている情報

試合ではあんなに熱いのに、私生活の話はあまり見かけない気がします。

実は、家族のことを本人がじっくり話しているインタビューが1本あるんです。そこから見ていきますね。
西本圭吾の結婚した妻は誰?2023年春に入籍した一般女性

西本圭吾選手の結婚相手は、バレーボール界の外にいる一般の女性です。名前も職業も伏せられていて、顔がはっきり分かる写真も出ていません。
ただし「まったく何も分からない人」ではありません。入籍の報告と、その後のインタビューの中で、本人が奥さんの人柄を自分の言葉で話しているからです。
ここから、報告の中身・本人が語った人柄・出どころのない話の3つに分けて整理していきます。
入籍を伝えたのは2023年8月の報告だった
入籍そのものは2023年の春で、報告は同じ年の8月に本人のInstagramで行われました。「私事ですが、今年の春にかねてよりお付き合いしていた方と入籍致しました事を報告させて頂きます」という文面です。
この投稿は入籍だけの報告ではありませんでした。同じ投稿の中で「先日、妻と息子と」という書き方で、第一子となる長男の誕生もあわせて伝えています。
入籍と出産の報告がひとつになっていたぶん、時期の受け取られ方に幅が出ました。バレーボールキングは「2023年8月に入籍と第一子となる男の子の誕生を報告」と書いています。
妻について本人が話したことと、伏せられていること
西本圭吾選手が妻について話しているのは人柄だけで、名前・年齢・職業・出身は伏せられています。
結婚報告の中で、西本圭吾選手は奥さんの魅力を「彼女の思いやりと愛に溢れた性格、そして周囲を幸せにする笑顔」と表現しています。人柄そのものを挙げているところが、この報告のいちばん人間らしい部分だと思います。
一方で、名前・年齢・職業・出身といった個人が特定される情報は出していません。SNSに載る家族写真も、横顔や手元だけで顔が写らないように配慮されています。
そこで、いま出回っている話を「誰が言ったのか」で3つに分けてみました。この分け方をしておくと、あとから見かける情報の重みが自分で判断できるようになります。
| 出どころ | 内容 | 扱い方 |
|---|---|---|
| 本人が語ったこと | 2023年春に入籍/思いやりと愛に溢れた性格/周囲を幸せにする笑顔/「大丈夫。圭吾くんなら絶対にいけるから」と背中を押された | 事実として読める |
| 報道が伝えたこと | 相手は一般女性/2023年8月に入籍と第一子誕生を報告/2025年5月26日に第二子が誕生 | 媒体名まで確認できる |
| 出どころが示されていない話 | 「大学時代の同級生ではないか」「バレーボール経験者ではないか」「背が高い人らしい」 | 推測として置いておく |
3列目のような推測は、本人も所属チームも一度も認めていません。読むぶんには自由ですが、事実として広めるのは避けたいところですね。
「大丈夫。圭吾くんなら絶対にいけるから」と背中を押した人
西本圭吾選手の背中を押したのは、奥さんの「大丈夫、圭吾くんなら絶対にいけるから」という言葉でした。
奥さんの人柄がいちばんよく伝わるのは、2025年6月16日にJ SPORTSが配信したインタビュー(坂口功将さん取材)です。リーグ最高のブロッカーに選ばれたシーズンを振り返って、西本圭吾選手はこう話しています。
特に妻と母親が本当に僕をプッシュしてくれたんです。妻は『大丈夫。圭吾くんなら絶対にいけるから』と言ってくれました。母親は僕の『ファン第1号』として、ずっと応援してくれています
J SPORTS(2025年6月16日/坂口功将)
本人はこのとき「獲れると思っていなかった」と正直に話しています。調子が上がらず、リーグ全体のレベルも高くなっていて、賞は難しいと感じていたそうです。
その状態から、周りが自分以上に自分を信じてくれたことを力に変えたと語っています。「その思いに僕は応える義務、責任があるなと感じました」という言葉が、家庭の空気をそのまま映しているように感じます。
選手紹介のページにも妻の手料理と家族の時間が出てくる
所属する広島サンダーズの選手紹介ページにも、奥さんと家族の話が4か所出てきます。本人が答えたプロフィールの項目で、2026年10月8日に広島サンダーズの西本圭吾選手のページを開いて確かめました。
| プロフィールの項目 | 本人の答え | 家族とのつながり |
|---|---|---|
| 好きな食べ物 | 妻の手料理とお好み焼き | 奥さんの料理をいちばんに挙げている |
| ゲン担ぎ | 香水をつける、家族との電話 | 遠征先でも家族と話してから試合に入る |
| 休日の過ごし方 | 家族と過ごす | オフは家族の時間にあてている |
| 好きなTV番組・YouTube | Baby Bus | 子ども向けのアニメチャンネル |
好きなテレビ番組に子ども向けのチャンネルを挙げるあたりに、2人の男の子の父親としての毎日がそのまま出ています。奥さんの名前は出さなくても、家族のことは隠さずに話す人だと分かる項目です。
馴れ初めについて出ている情報
馴れ初めについて出ているのは「かねてよりお付き合いしていた方」という一文だけです。
ふたりの出会いについて本人が明かしているのは「かねてよりお付き合いしていた方」という一文だけです。出会った時期も場所も、交際期間もプロポーズの様子も、報告の中には出てきません。
ここは無理に埋めない方が、かえって西本圭吾選手らしさが伝わる部分だと思っています。奥さんは競技の世界の人ではなく、名前を出す立場でもないからです。
私だったら、出会いの詮索よりも、賞を取ったときに真っ先に奥さんとお母さんの名前を挙げた事実の方を覚えておきたいなと思います。応援している側にとっては、そこがいちばん人柄の見えるところですよね。
西本圭吾と妻の子供は2人|第二子の誕生と移籍発表が連日だった

お子さんは2人です。2023年に長男が生まれ、2025年5月26日に第二子が誕生しています。
第二子の誕生は、選手としての大きな節目とほとんど同じタイミングでした。翌日の5月27日に、地元・広島サンダーズへの入団(6月1日付)が発表されているからです。
家族が増えた次の日に、地元へ帰る移籍が発表される。この2日間の並びは、そのまま西本圭吾選手のいまを表しているように見えます。
第一子の長男が生まれたのは2023年の夏
長男の誕生は、入籍と同じ2023年8月の報告で伝えられました。「先日、妻と息子と」という書き出しで、出産を支えてくれた人たちへの感謝がつづられています。
誕生日の日付までは出ていません。名前も公表されておらず、写真も顔が写らない角度のものだけです。
ここで時期の書かれ方が媒体によって少し違うので、その違いも並べておきます。
| 書かれ方 | そう書いている媒体 | 元になっている事実 |
|---|---|---|
| 2023年8月に入籍と第一子の誕生を報告 | バレーボールキング(2025年6月1日) | 報告の投稿日が2023年8月 |
| 2023年春に入籍・長男は2023年8月生まれ | バレーボール選手図鑑 | 入籍は春、報告は8月 |
| 結婚報告と同時に長男の誕生が明かされた | yotsuba428blog | ひとつの投稿に両方が書かれていた |
3つとも間違いではなく、どれも同じ1本の投稿を指しています。入籍は春・報告は8月・長男の誕生も同じ投稿で公表、と押さえておけば混乱しません。
第二子が生まれたのは2025年5月26日
第二子の誕生日は2025年5月26日で、日付まではっきり公表されている数少ない家族の情報です。報告はInstagramで行われ、複数のスポーツメディアが取り上げました。
本人は「沢山の方々の支えの中5月26日に第二子を無事に出産する事ができました。初の出産立ち会いという経験は一生忘れられない大切なもの」と書いています。長男のときは立ち会えなかったことが、この一文から伝わってきますね。
そして「志を持ち想いやりのある子に育ってくれるように私も父として成長していきたい」と続けています。奥さんの人柄を「思いやり」と表した人が、子どもにも同じ言葉を願っているのが印象的です。
子どもの名前や顔について出ている情報
お子さんの名前は2人とも伏せられていて、顔が分かる写真も出ていません。SNSに載るのは、小さな手を握った白黒写真や、後ろ姿の家族3ショットといった形です。
性別は長男だけが公表されています。第二子については、生まれた日と無事だったことだけが伝えられました。
この線引きは第一子のときから一貫しています。家族を隠しているのではなく、顔と名前だけを外しているという形ですね。
西本圭吾の出身高校は尾道高校|バレーを始めたのは1年の春
西本圭吾選手の出身高校は、広島県の尾道高等学校です。バレーボールを始めたのは、その1年の春でした。
西本圭吾選手の出身高校は、地元・広島県の尾道高等学校です。2014年に入学し、ここでバレーボールと出会っています。
つまり競技歴は、同年代の日本代表選手の中でもかなり遅いスタートでした。小学生から続けてきた選手が多い中で、高校1年から始めて代表まで届いた例は多くありません。
この「遅く始めた」という一点が、のちの発言や姿勢につながっていきます。
高校では機械科に在籍していた
在籍していたのは尾道高等学校の機械科で、2014年から2017年までの3年間です。スポーツの特別なコースではなく、ものづくりを学ぶ学科に通いながらバレーボール部で汗を流していました。
高校時代に全国大会の舞台に立った記録は残っていません。ただし2年生のとき、身長のある選手を集めた広島県の代表合宿に呼ばれています。
全国的な有名選手ではなかったけれど、県内では「体をどう伸ばすか」を見られる立場にいた、という位置づけですね。
バレーを始めたきっかけは友人の誘い
バレーボールを始めたきっかけは、高校1年のときに友人から部活へ誘われたことでした。本人が自分から志して飛び込んだ競技ではなかったわけです。
それでも高校卒業のときには、すでにVリーグを目指すと口にしていました。3年間で「誘われた競技」が「人生をかける競技」に変わったことになります。
始めた時期の遅さは、その後もずっとついて回ります。あとで触れる「常識をくつがえす」という言葉は、ここが出発点だと考えられます。
西本圭吾の出身は広島県尾道市の向島|出身中学もこの島
出身地は広島県尾道市です。さらに細かく言うと、尾道の対岸に浮かぶ向島(むかいしま)で育っています。
この点は尾道市が公の文書ではっきり伝えています。地元の島から日本代表が出た、という形ですね。
広島サンダーズへの移籍も、この生まれ育った場所へ帰る移籍でした。
尾道市が伝えた「本市向島町出身」という書き方
尾道市のホームページには「本市向島町出身の西本圭吾(にしもと けいご)選手が、本日より開幕の世界選手権 バレーボール男子日本代表メンバーに選出されました」と掲載されています。2025年9月12日更新のお祝いのお知らせです。
市が名前と出身の町まで挙げてお祝いを出すのは、地元にとって大きな出来事だからですよね。同じ市の出身者として名前が並ぶ機会は多くありません。
「尾道市出身」とだけ書かれることが多い中で、町名まで確認できる記録として押さえておきたい1件です。
出身中学は向島中学校とされるが当時はバレー部ではない
出身中学は尾道市立向島中学校、小学校は向島中央小学校とされています。どちらも育った島の中の学校です。
ここで押さえておきたいのは、中学時代にバレーボールをしていなかったという点です。バレーを始めたのは高校1年なので、中学の部活は別の競技でした。
「中学時代の活躍を知りたい」と思って調べると、バレーの記録は出てきません。中学の3年間はバレーボール選手・西本圭吾の前史にあたる時間だと考えると、経歴がすっきり読めます。
西本圭吾の大学は福山平成大学|全日本インカレ準優勝の主力に
大学は広島県福山市にある福山平成大学です。2017年に進学し、2021年に卒業しています。
ここで競技力が一気に伸びました。2018年の全日本インカレでは準優勝に貢献し、大学として大きな結果を残しています。
高校まで無名に近かった選手が、大学4年間でプロの入り口までたどり着いたことになります。
健康スポーツ科学科の10期生として
在籍していたのは健康スポーツ科学科で、大学は卒業生を「10期生」と紹介しています。大学のお知らせでは「本学在学中に、闘志あふれるプレーで全日本インカレ準優勝に貢献するなどチームを牽引してくれました」と振り返られています。
「闘志あふれるプレー」という表現は、いまの試合中の姿とぴったり重なりますよね。学生のころからスタイルが変わっていないということです。
大学は代表選出や地元移籍のニュースも、卒業生の活躍として発信しています。
大学時代の跳び方と、ひざを痛めた話
大学時代の跳躍について、本人は「大学生の時も3m50cm近く跳んでいたんですが、効率のいい跳び方ではありませんでした。無理やり跳んでいて、そのせいで膝も悪くなってしまいました」と振り返っています。雑誌Numberの対談企画での発言です。
いまの高さは、体の使い方を作り直して手に入れたものだということですね。同じ189cmの先輩・福澤達哉さんとの対談では、一時は3m58cmまで届いた時期があったとも話しています。
数字だけ見ると天性のジャンプ力に見えますが、本人の説明はもっと地道です。跳び方を変え、重りを使ったトレーニングを積んだ結果だと語っています。
西本圭吾のポジションはミドルブロッカー|最高到達点355cm
ポジションはミドルブロッカーです。相手の攻撃の中心にブロックで立ちはだかり、速いクイックで点を取る役割ですね。
ミドルブロッカーは各チームで最も背の高い選手が務めることが多く、2mを超える選手も珍しくありません。189cmという数字は、この役割では小柄な部類に入ります。
その体格でリーグの頂点に立ったのが、2024-25シーズンでした。
プロフィールに載っている体のデータ
所属する広島サンダーズのプロフィールページには、体の数字が細かく掲載されています(2026年9月4日確認)。背番号は15です。
| 項目 | 掲載されている内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1998年10月27日生まれ |
| 身長/体重 | 189cm/91kg |
| 最高到達点/指高 | 355cm/251cm |
| 出身地 | 広島県尾道市 |
| 出身校 | 尾道高校→福山平成大学 |
| 足のサイズ | 29.0cm |
| 得意なプレー | ブロック・コートでの振る舞い |
| 座右の銘 | 愛される人間になれ |
座右の銘の「愛される人間になれ」と、心がけていることに挙げた「常識を覆す」。この2つが並んでいるところに、この選手の性格がよく出ていると思います。(出典:広島サンダーズ公式サイト 西本圭吾選手プロフィール)
189cmでリーグ1位のブロックを決めた
2024-25シーズン、東レアローズ静岡に所属していた時期に、1セットあたり0.618本というリーグ最多のブロックを記録してトップブロッカーに選ばれました。受賞者の発表は2025年4月17日に行われています。(出典:大同生命SV.LEAGUE 個人表彰受賞者のお知らせ)
この表彰名は媒体によって書き方が違います。リーグの発表は「トップブロッカー」、母校の福山平成大学は「ベストブロッカー賞」と紹介していて、同じ賞を指しながら呼び方が分かれている状態です。
本人はこの受賞について「自分が本物になれるかどうかの分岐点だと」思っていたと語り、同時に「身長が低くてもトップブロッカーになれたことに価値がある、という考え方自体が自分の限界を決めていた」とも話しています。賞を取ってなお、自分の見方を疑うところがこの人らしいですね。
西本圭吾の日本代表はB代表から|世界選手権と西本ボーイズ
日本代表としての歩みは、2024年にB代表のユニフォームを着たところから始まりました。A代表に定着したのは2025年からです。
2025年9月にはフィリピンで開催された世界選手権の代表メンバーに選ばれ、地元の尾道市がお祝いのお知らせを出しました。2026年のネーションズリーグにも出場しています。
代表歴だけを並べると順調に見えますが、本人が語る出発点は「悔しさ」でした。
A代表に選ばれなかった悔しさが出発点
2025年にA代表へ招集されたとき、本人は「ようやくスタート地点に立ったな、という気持ちです」と話しています。前年はB代表で、A代表には届いていませんでした。
そのときの気持ちを「A代表に選ばれなかったことが素直に悔しかった。そう思える自分自身を新しく発見できました」と振り返っています。悔しいと思えたこと自体が発見だった、という言い方が印象的です。
代表のユニフォームについては「これを着ることはすなわち、もう“日本の顔”だと考えている」と語り、「日の丸の誇りを持って、常識をくつがえすことができるように自分らしさを出して戦いたい」と続けました。
スペインから応援に来た「西本ボーイズ」
「西本ボーイズ」は、スペインのバレーボールクラブに所属する青年たちです。2026年のネーションズリーグで、フランスの会場まで応援に来ました。
2026年のネーションズリーグ第2週、フランスのオルレアンの会場で「ニシモト」コールが起きました。声を上げていたのは、スペインのバレーボールクラブに所属する青年たちです。
東レアローズ静岡時代の映像を見てファンになり、仲間と一緒に国境を越えて応援に駆けつけたと伝えられています。彼らはいつしか「西本ボーイズ」と呼ばれるようになりました。
本人は「最初は恥ずかしかったです。試合に出ていないのに、なんかめっちゃ応援してくれていたから」と話し、試合後には「つたない英語ではありますけど、『感謝してます。応援ありがとうございます』と伝えたら、めちゃくちゃ興奮していましたね」と振り返っています。

「西本ボーイズ」で検索する人が増えたのは、この一件がきっかけでした。
西本圭吾の父や兄弟は?母は本人が呼ぶ「ファン第1号」
家族については、お母さんの存在だけが本人の言葉ではっきり出ています。お父さんときょうだいについては、名前や職業を含めて出ていません。
ここは伏せているというより、話す機会がなかったという方が近いように見えます。インタビューの中心が競技の話だからです。
分かっていることと出ていないことを、そのまま並べておきます。
母は「ずっと応援してくれています」と語られた存在
お母さんについて、本人は「母親は僕の『ファン第1号』として、ずっと応援してくれています」と話しています。ブロック賞を取ったシーズンを振り返るインタビューでの言葉です。
同じ場面で、奥さんとお母さんの2人が自分を押し上げてくれたと語っています。家族の話が出るのは、競技の成果を語るときというのがこの選手の特徴です。
ファン第1号という呼び方には、遅く始めた息子をいちばん近くで見てきた人への感謝がにじんでいますよね。
父やきょうだいについて出ている情報
お父さんの名前・職業・スポーツ経験、きょうだいの有無は、いずれも本人からもチームからも出ていません。インタビューでお父さんとのエピソードが語られた記録も見当たりません。
「西本圭吾 父」と調べる人が多いのは、もう1つの理由もあります。第二子の誕生報告で本人が「私も父として成長していきたい」と書いたことで、父という言葉と結びついて記憶されているからです。
私としては、家族構成を追いかけるより、賞を取ったときに真っ先に名前を挙げた2人がいたという事実の方が、この選手を知るうえでは大きいと思っています。
西本圭吾の結婚や経歴に関するQ&A
ここまでの内容を、よく聞かれる形の質問に置き換えてまとめます。
西本圭吾はいつ結婚した?
西本圭吾選手が結婚したのは2023年の春です。報告は同じ年の8月にInstagramで行われ、その投稿で第一子となる長男の誕生もあわせて伝えられました。
西本圭吾の妻の名前や職業は?
名前も職業も伏せられています。相手は一般の女性で、本人が語ったのは「思いやりと愛に溢れた性格」「周囲を幸せにする笑顔」という人柄の部分だけです。顔が分かる写真も出ていません。
西本圭吾に子供は何人いる?
西本圭吾選手の子供は2人です。2023年に長男が生まれ、2025年5月26日に第二子が誕生しました。名前と顔は2人とも伏せられています。
西本圭吾の出身高校と出身中学はどこ?
高校は尾道高等学校の機械科、中学は尾道市立向島中学校とされています。バレーボールを始めたのは高校1年のときなので、中学時代にバレー部だった記録はありません。
西本圭吾のポジションと身長は?
ポジションはミドルブロッカーで、身長は189cm、最高到達点は355cmです。ミドルブロッカーとしては小柄ですが、2024-25シーズンに1セットあたり0.618本のブロックでリーグのトップブロッカーに選ばれています。
「西本ボーイズ」と呼ばれているのは誰?
「西本ボーイズ」と呼ばれているのは、スペインのバレーボールクラブに所属する青年たちです。2026年のネーションズリーグで、フランスの会場まで応援に駆けつけて「ニシモト」コールを送ったことから、そう呼ばれるようになりました。
まとめ:西本圭吾の結婚した妻と、高校や出身中学
西本圭吾選手は2023年春に一般の女性と結婚し、いまは2人の男の子の父親です。
- 入籍は2023年春、報告は同じ年の8月
- 妻の名前や職業は伏せられている
- 子どもは2人で、第二子は2025年5月26日生まれ
- 高校は尾道高校、中学は向島中学校とされる
- 大学は福山平成大学でミドルブロッカー
リーグ最高のブロッカーになったシーズンを、真っ先に奥さんとお母さんの言葉で振り返るところに人柄が出ています。

コメント