ベルギー1部シント=トロイデンの石渡ネルソン(いしわたり ねるそん)さん。185センチの体で中盤から前へ運ぶ、2005年生まれの21歳です。
2026年7月にセレッソ大阪から完全移籍し、その前の1月にはU-23アジアカップで優勝しています。2028年ロサンゼルス五輪を目指す世代の中心にいる選手です。
そのプレーを見た人が次に調べるのが、家族のことです。同じ名字でバスケットボールの日本代表候補に選ばれた選手がいて、妹ではないかという話があちこちで出てくるからです。
石渡ネルソンさんの兄弟として名前が出ているのは、妹といわれる石渡セリーナさんだけ。身長は185センチ、出身高校は大阪の興國高校、出身中学は京都市立西京極中学校です。
- 妹といわれる石渡セリーナさんが誰で、いまどこにいるのか
- 兄妹だと言われる理由と、発表されていないという事実
- 身長185センチと、71キロから78キロに変わった体重
- 出身高校の興國高校と、出身中学の京都市立西京極中学校
- 本名の「石渡ネルソン雄一郎」がいつまで使われていたか
- いわきFCでの1年、ベルギー移籍、プレースタイル、成績、年俸

バスケの石渡セリーナ選手と兄妹って本当ですか?まとめて知りたいです。
石渡ネルソンの兄弟は妹といわれる石渡セリーナ

石渡ネルソンさんの兄弟として名前が出ているのは、妹といわれるバスケットボール選手の石渡セリーナさんひとりです。京都精華学園高校で日本一に貢献し、いまは大学でプレーしています。
ただし、二人が兄妹だと本人やチームが発表したことは一度もありません。名字と育った場所が重なることから、そう言われている段階です。
石渡セリーナは京都精華学園から白鴎大学へ進んだ
石渡セリーナさんは、白鴎大学女子バスケットボール部の1年生です。部員一覧に背番号12番、出身校は京都精華学園高、ポジションはセンターフォワードと記されています。
登録名は「石渡 聖凜奈」で、読みは同じ「イシワタリ セリーナ」です。高校までは片仮名で表記されることが多く、大学では漢字になりました。
京都精華学園高校時代は、2年生だった2024年にインターハイとウインターカップの日本一に貢献しています。U-18日本代表候補にも選ばれ、179センチのパワーフォワードとして全国で名前が知られていました。
| 項目 | 石渡セリーナさんの情報 |
|---|---|
| 登録名 | 石渡 聖凜奈(イシワタリ セリーナ) |
| 現在 | 白鴎大学女子バスケットボール部 1年 背番号12 |
| 出身校 | 京都精華学園高等学校 |
| 出身中学 | 京都市立西京極中学校 |
| 身長・ポジション | 179センチ・パワーフォワード(大学ではセンターフォワード登録) |
| 主な実績 | U-18日本代表候補、インターハイ・ウインターカップ優勝 |
妹といわれる理由は出身中学が同じこと
妹といわれるいちばん強い理由は、二人の出身中学が京都市立西京極中学校で一致していることです。名字が同じで、通った中学まで同じとなると、偶然と考えるほうが難しくなります。
この2つは、別々のところに書かれています。石渡ネルソンさんの中学は、在学していた高校が出した紹介文に。石渡セリーナさんの中学は、ウインターカップの選手名鑑に書かれていました。
そこで、分かっている項目を並べてみました。
| 項目 | 石渡ネルソンさん | 石渡セリーナさん |
|---|---|---|
| 名字 | 石渡 | 石渡 |
| 出身中学 | 京都市立西京極中学校 | 京都市立西京極中学校 |
| 育った場所 | 京都市右京区西京極 | 京都府(京都精華学園高校) |
| 生まれ | 2005年5月10日 | 高校卒業から逆算して2007年ごろ |
| 身長 | 185センチ | 179センチ |
| 競技 | サッカー(MF) | バスケットボール(PF) |
| 年代別日本代表 | U-15からU-23まで | U-18日本代表候補 |
重なっているのは名字・中学・地元・高身長・年代別代表という5つです。ここまでそろえば、妹ではないかという話が出てくるのは自然だと私は思っています。
いっぽうで、この表のどこにも「兄妹である」と書かれた行はありません。重なりが多いことと、兄妹だと確かめられたことは別です。
兄妹だと発表されたことは一度もない
兄妹関係が発表されたことは一度もありません。石渡ネルソンさんが所属してきたクラブも、石渡セリーナさんの高校や大学も、二人の関係にふれていないからです。
本人たちのSNSでも、お互いを兄・妹として紹介した投稿は見つかりませんでした。取材で家族の話が出たときも、石渡ネルソンさんが語っているのは両親のことまでです。
なぜ発表がないのに噂が広がったのか。理由は3つあると考えています。
- 名字が珍しい。「石渡」は全国では多い名字ではなく、京都で同世代のトップ選手が2人いれば結びつけられやすい
- 体格の印象が近い。185センチと179センチという高さに加え、二人とも手足の長さを活かすプレーを評価されている
- 時期が重なった。石渡ネルソンさんがいわきFCで注目された2025年は、石渡セリーナさんが日本代表候補に選ばれた年でもある
3つとも、兄妹であることの証明にはなりません。言えるのは「そう見える材料はそろっているが、確かめられていない」というところまでです。
兄や姉がいるという話は出ていない
兄や姉がいるという話は出ていません。名前が出ているのは妹といわれる石渡セリーナさんだけで、ほかの兄弟については本人も周囲も語っていないからです。
家族について分かっているのは、ナイジェリア人の父親と日本人の母親がいること、そして京都に帰省したときに両親と嵐山へドライブに行くことがある、というところまでです。
初めての給料の使い道を「母親にプレゼント」と答えていて、思い出の一品には祖母の塩もみきゅうりを挙げています。家族の話題はこうした場面で出てくるだけで、人数や職業までは話していません。

同じ中学まで一致していたのは、並べてみるまで分かりませんでした。
石渡ネルソンの身長は185cmで体重は78kg

石渡ネルソンさんの身長は185センチ、体重は78キロです。2026年7月にシント=トロイデンが出した加入のお知らせに、この数字が載っています。
中盤の選手としてはかなり大きい部類に入ります。加入を発表したクラブのCEOも、185センチの体格を活かした競り合いの強さに期待するとコメントしていました。
体重はいわきFC時代の71キロから7キロ増えた
体重は、いわきFCにいたころの71キロから7キロ増えています。身長は185センチのまま変わっていないので、増えたぶんはそのまま体の厚みになりました。
いわきFCは「90分間止まらない、倒れない」を掲げ、筋力トレーニングを大量に積むクラブとして知られています。本人も「80分を超えるとバテていたが、対応できるようになった」と話していました。
| 時期 | 所属 | 身長・体重 |
|---|---|---|
| 2025年 | いわきFC(期限付き移籍) | 185センチ・71キロ |
| 2026年前半 | セレッソ大阪 | 185センチ・71キロ |
| 2026年7月〜 | シント=トロイデン | 185センチ・78キロ |
ベルギーは当たりの強いリーグです。移籍のタイミングで7キロ増やしてきたのは、そこで戦うための準備だと考えられます。
プロフィールと背番号
プロフィールを見ると、ポジションはMF(ミッドフィールダー)、背番号は18番です。2026年9月16日に確認した時点の登録内容を並べます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 石渡 ネルソン(いしわたり ねるそん) |
| 生年月日 | 2005年5月10日(21歳) |
| 出身地 | 京都府京都市右京区 |
| 身長・体重 | 185センチ・78キロ |
| ポジション | MF(ボランチ) |
| 利き足 | 右足 |
| 所属・背番号 | シント=トロイデンVV(ベルギー)・18番 |
| 愛称 | ネル |
愛称の「ネル」は、下部組織のころから呼ばれてきた呼び名です。日本にいたときの背番号は、いわきFCで7番、セレッソ大阪で18番でした。
石渡ネルソンの出身高校は大阪の興國高校
石渡ネルソンさんの出身高校は、大阪市天王寺区の興國高等学校です。アスリートアドバンスコースに在籍しながら、クラブではセレッソ大阪U-18でプレーしていました。
この学校は2022年5月に、在学中の石渡ネルソンさんを取り上げたメディア情報のお知らせを出しています。そこに「アスリートアドバンスコース2年 石渡ネルソン雄一郎君」と書かれていました。
高校2年の5月にプロの試合へ出た
高校2年生だった2022年5月18日に、プロの公式戦へ出ています。ルヴァンカップの大分トリニータ戦に途中出場したのが最初でした。
その年の2月に2種登録選手としてトップチームに登録され、10月12日にはJ1リーグのFC東京戦でリーグ戦デビューも果たしています。高校生のうちにJ1のピッチに立った形です。
本人はこのデビューを振り返って、運べること・突破力・1対1は通用すると感じた一方、技術と90分間の安定は課題だと話していました。17歳で自分の強みと弱みを分けて言えるのは、めずらしいと思います。
興國高校は同じ学年から何人もJリーガーを出している
興國高校は、毎年のようにJリーガーを送り出してきた学校です。全国大会の出場歴がないまま、プロ入りする選手を続けて出していることで知られています。
石渡ネルソンさんの1つ上の学年からは、セレッソ大阪U-18を経て北野颯太さん、木下慎之輔さん、春名竜聖さんの3人がプロ入りしました。2022年には、同校から5人がJリーガーになった年もあります。
セレッソ大阪の下部組織に所属する選手が、この高校に通うのは珍しくありません。クラブでの練習量を確保しながら学校に通える仕組みが整っているためです。
石渡ネルソンの出身中学は京都市立西京極中学校
石渡ネルソンさんの出身中学は、京都市立西京極中学校です。興國高校が出した在学中の紹介文に、出身中学として学校名が記されています。
生まれ育ったのは京都市右京区の西京極で、中学まで地元の公立校に通っていました。妹といわれる石渡セリーナさんの出身中学も、同じ学校です。
中学のクラブはセレッソ大阪西U-15
中学年代にプレーしていたのは、セレッソ大阪西U-15です。2017年から2019年まで在籍し、学校は京都、クラブは大阪という生活を3年間続けました。
京都の自宅から練習場までは電車で片道1時間ほどかかります。練習から帰ったあとに学校の宿題をこなす毎日で、勉強を落とさなかったと伝えられています。
中学生が週に何度も往復1時間以上の移動を続けるのは、簡単なことではありません。この3年間で移動を苦にしない習慣がついたことが、のちに福島や海外へ出ていく土台になったと考えられます。
小学生のころはクラブを3つ掛け持ちしていた
小学生のころは、クラブを3つ掛け持ちしていました。地元の西京極JSCに加えて、セレッソ大阪とガンバ大阪のエリートクラスにも通っていたためです。
西京極JSCに入ったのは小学1年生のときで、6年生まで在籍しました。掛け持ちを始めたのは小学5年生ごろだと本人が話しています。
小学校も地元の京都市立西京極小学校です。サッカーを始めたきっかけは保育園のサッカー教室で、最初は前線の選手、その後に中盤へ移っていきました。
石渡ネルソンの本名は石渡ネルソン雄一郎
石渡ネルソンさんの本名は、石渡ネルソン雄一郎(いしわたり ネルソンゆういちろう)です。下部組織にいたころは、この名前で代表候補の発表に載っていました。
いまの登録名から「雄一郎」が外れているため、検索で本名を確かめようとする人が多いところです。読み方は「いしわたり ネルソン」で変わっていません。
公式の表記は2021年の途中で変わった
公式の表記が変わったのは、2021年の後半です。セレッソ大阪が出した代表候補選出のお知らせを時系列で並べると、切り替わった時期がはっきり分かります。
| 時期 | どう書かれていたか |
|---|---|
| 2021年7月 | 見出し・本文・プロフィールとも「石渡ネルソン雄一郎」 |
| 2021年10月 | 見出しは「石渡ネルソン雄一郎選手」、本文とプロフィールは「石渡ネルソン」 |
| 2022年5月 | 高校のお知らせでは「石渡ネルソン雄一郎君」 |
| 2023年以降 | 選手登録・報道とも「石渡ネルソン」 |
2021年10月のお知らせは、見出しだけが雄一郎のままで本文が短い名前に変わっています。ちょうどこの時期に登録名を短くしたため、差し替えが片方だけ残ったと考えられます。
Jリーグでは、長い名前を短い呼び名で登録することがよくあります。ピッチでの呼びやすさとユニフォームへの収まりを考えた選択でしょう。
父親はナイジェリア人で母親は日本人
父親はナイジェリア人、母親は日本人です。ネルソンという名前は父方から来ていて、雄一郎という名前と組み合わされていました。
両親の職業や名前が表に出たことはありません。本人が語っているのは、京都に帰ると両親と嵐山へドライブに行くことがある、というところまでです。
名前の作りを見ると、両方のルーツを1つの名前に収めた形になっています。「ネルソン」と「雄一郎」が並んでいたこと自体が、家庭の背景を表していたと私は思っています。
石渡ネルソンのいわきFC時代と移籍の流れ
石渡ネルソンさんがいまの位置まで来たのは、いわきFCで過ごした2025年の1年がきっかけです。J2で29試合に出て、初めて主力として1シーズンを戦いました。
その翌年にセレッソ大阪へ戻って先発に定着し、さらに半年でベルギーへ移っています。2年で立ち位置が2段階変わった形です。
いわきFCでの成績は29試合4得点
いわきFCでの成績は、J2リーグ29試合4得点です。カップ戦を含めると30試合6得点で、出場時間は2,246分でした。
29試合のうち27試合が先発で、シュートは48本打っています。加入当初はシャドーで起用され、先発に定着してからはボランチに移りました。
2025年7月にはJ2の月間ヤングプレーヤー賞に選ばれています。選考の場では「独特の間合いでプレーを作り出す選手」と評され、大宮戦で決めた逆転のロングシュートが挙げられました。
本人が書いた「いわきでの1年が自分を変えてくれた」
本人は、いわきFCでの1年をこう振り返っています。シーズンが終わったあとに自身のインスタグラムへ書いた文章です。
最初オファーをもらった時正直、練習きつそーやなー、筋トレすごいしなー、嫌やなー、と思っていました。それでも今の自分を変えるためには必要な事だと思い、いわきでプレーする事に決めました。今思えば本当にこの選択をして良かったと思っていますし、いわきでの1年が自分を変えてくれたとすごく思っています。
移籍の話が来たときは気が進まなかった、と書いています。この正直さが残っているところに、1年でどれだけ変わったかが出ていると感じました。
2026年にセレッソ大阪へ戻って先発に定着した
2026年はセレッソ大阪へ戻り、シーズンの途中から先発に定着しました。復帰が決まったときは「ピンクのユニフォームを着て戦えることを嬉しく思います」とコメントしています。
この年のJ1百年構想リーグでは17試合に出場し、うち14試合が先発でした。出場時間は1,276分、アシストは2つです。
2024年の愛媛FCでは12試合639分にとどまっていました。2年で出場時間がおよそ2倍になり、控えから計算できる選手へ変わったのがこの期間です。
移籍先はベルギーのシント=トロイデン
移籍先は、ベルギー1部のシント=トロイデンVVです。2026年7月17日に完全移籍が発表され、日本人選手が多く在籍してきたクラブへ加入しました。
本人はクラブの加入のお知らせで、冨安健洋さん・鎌田大地さん・遠藤航さんの名前を挙げ、その一員になれたことを嬉しく思うとコメントしています。移籍の理由については「4年後を見据えた時、これから自分がどんな選手になっていきたいかを考えた時に今だと思い決断した」と語りました。
4年後というのは、2030年のワールドカップを指しています。目の前の出場機会ではなく、4年先から逆算して出ていく判断をしたことになります。
この移籍でセレッソ大阪が受け取った移籍金は、クラブの歴史のなかで最も高い額だったと伝えられています。金額そのものは非公表です。
石渡ネルソンのプレースタイルは推進力とデュエル
石渡ネルソンさんのプレースタイルは、前へ運ぶ推進力と1対1の強さです。本人もボール奪取・前への推進力・デュエルの3つを自分の強みとして挙げています。
185センチの体で中盤から持ち上がるため、相手は当たって止めることができません。「和製ポグバ」と呼ばれるのは、この運び方が理由です。
目標にしているのはポール・ポグバ
目標にしているのは、フランス代表として活躍したポール・ポグバです。本人が目標とするプレースタイルとして名前を挙げています。
ポグバも190センチ台の体格から中盤を運ぶ選手でした。大きな体で狭いところを抜けていくという点で、目指す形がはっきり重なります。
数字でも、その傾向は出ています。2026年のJ1百年構想リーグで、石渡ネルソンさんの奪取ポイントは207.86でリーグ17位でした。17試合の出場でこの順位に入るのは、1試合あたりの奪う量がかなり多いということです。
サッカーを始めたのは保育園のサッカー教室
サッカーを始めたきっかけは、保育園で開かれたサッカー教室でした。小学校に上がると同時に西京極JSCへ入り、そこから競技として続けています。
小学生のころのポジションは前線で、その後に中盤へ移りました。攻守どちらにも顔を出す選手だったと伝えられています。
目標として掲げているのは、欧州チャンピオンズリーグに出て点を取ることです。「プロサッカー選手になった以上、求められるモノは数字や結果」とも話しています。
U-23アジアカップの優勝メンバー
年代別の日本代表では、2026年1月のU-23アジアカップで優勝しています。U-15の代表候補から数えて、5つの年代で選ばれてきました。
| 年 | 選ばれた年代 |
|---|---|
| 2020年 | U-15日本代表候補 |
| 2021年 | U-16日本代表候補 |
| 2022年 | U-18日本代表(スペイン遠征)/U-19日本代表候補 |
| 2023年 | U-20日本代表候補 |
| 2025年 | U-22日本代表(イングランド遠征) |
| 2026年 | U-23日本代表(AFC U23アジアカップ優勝) |
2022年のスペイン遠征では、背番号10を着けています。10番が決まった日の夜は、嬉しさと驚きで部屋に戻ってユニフォームを掲げたと語っていました。
石渡ネルソンの年俸は公表されていない
石渡ネルソンさんの年俸は公表されていません。Jリーグも所属クラブも選手の報酬を公開していないため、正確な金額は外から確かめられないからです。
ただし、Jリーグの契約制度には報酬の上限と下限が定められています。そこから、日本にいた2026年前半の年俸がどのあたりだったかは絞り込めます。
制度から計算すると480万〜1200万円の帯
制度から計算すると、2026年の年俸は480万円から1,200万円の帯に入ると予想できます。ここは公表値ではなく、条件を積み上げた私の予想です。
計算のもとにしたのは、Jリーグが公表している契約制度の改定内容です。前提を3つ置きました。
| 前提 | 内容 | 石渡ネルソンさんの場合 |
|---|---|---|
| ①2025年までの区分 | プロC契約は年額460万円以下。プロA契約へ上がるにはJ2で900分以上の出場が必要 | 2025年にJ2で2,246分。条件をはっきり超えている |
| ②2026年2月からの改定 | ABCの区分を撤廃し、プロ契約初年度の基本報酬の上限を年額1,200万円へ引き上げ | 上限が1,200万円まで広がった状態で2026年を迎えた |
| ③2026年7月からの下限 | J1の基本報酬に年額480万円の下限を新設 | J1のセレッソ大阪で先発していたため、下限を下回ることは考えにくい |
この3つを重ねると、下は480万円、上は1,200万円という帯になります。17試合で14回先発していたことを踏まえると、帯のなかでも上寄りだった可能性が高いと考えられます。
ベルギーへ移ってからの年俸は、この計算の外です。海外のクラブは日本の制度に縛られないため、条件を積み上げる方法では絞り込めません。
通算成績は65試合8得点
日本での通算成績は、公式戦65試合8得点です。年ごとに並べると、出番が増えていった流れがそのまま出ます。
| 年 | 所属 | リーグ戦 | カップ戦を含む通算 |
|---|---|---|---|
| 2022年 | セレッソ大阪(2種登録) | J1 1試合0得点 | 2試合0得点 |
| 2023年 | セレッソ大阪 | 0試合0得点 | 2試合1得点 |
| 2024年 | 愛媛FC(期限付き移籍) | J2 12試合1得点 | 14試合1得点 |
| 2025年 | いわきFC(期限付き移籍) | J2 29試合4得点 | 30試合6得点 |
| 2026年 | セレッソ大阪 | J1百年構想 17試合0得点 | 17試合0得点 |
| 通算 | — | — | 65試合8得点 |
J1初出場は2022年10月12日のFC東京戦、初得点は2024年10月6日の栃木SC戦です。得点はJ2で積み上げていて、J1のリーグ戦ではまだ決めていません。
ここに石渡ネルソンさんの現在地が出ています。守る力と運ぶ力は先発を任される水準に届いたが、点という数字はこれからという段階です。

3年で出場時間が3倍以上になっていて、伸び方が数字に出ていますね。
石渡ネルソンの兄弟や身長についてよくある質問
石渡ネルソンに兄弟はいますか
名前が出ているのは、妹といわれるバスケットボール選手の石渡セリーナさんひとりです。ただし兄妹だと本人や所属先が発表したことはなく、確定はしていません。
石渡セリーナは石渡ネルソンの妹ですか
石渡セリーナさんが妹だと公式に発表されたことはありません。名字が同じで、二人とも京都市立西京極中学校の出身という共通点があるため、妹ではないかと言われています。
石渡ネルソンの身長は何センチですか
身長は185センチです。体重は、いわきFCに在籍していたころの71キロから、シント=トロイデンの加入発表では78キロに変わっています。
石渡ネルソンの出身高校はどこですか
石渡ネルソンさんの出身高校は、大阪市天王寺区の興國高等学校です。アスリートアドバンスコースに在籍しながら、セレッソ大阪U-18でプレーしていました。
石渡ネルソンの出身中学はどこですか
石渡ネルソンさんの出身中学は京都市立西京極中学校です。興國高校の公式ニュースが在学中の紹介で出身中学として記しています。クラブはセレッソ大阪西U-15でした。
石渡ネルソンの本名は何ですか
石渡ネルソン雄一郎(いしわたり ネルソンゆういちろう)です。セレッソ大阪の下部組織にいた2021年ごろまでは、この名前で代表候補の発表に載っていました。
石渡ネルソンの兄弟と身長・出身高校のまとめ
石渡ネルソンさんの兄弟として名前が出ているのは妹といわれる石渡セリーナさんだけで、身長は185センチ、出身高校は興國高校、出身中学は京都市立西京極中学校です。
ここまでの内容をまとめます。
- 兄弟は、妹といわれるバスケットボール選手の石渡セリーナさんの名前だけが出ている
- 石渡セリーナさんは白鴎大学女子バスケットボール部の1年生で、登録名は石渡聖凜奈
- 妹といわれる理由は、名字・出身中学・地元・高身長・年代別代表という5つの重なり
- 兄妹だと本人や所属先が発表したことは一度もなく、確定はしていない
- 兄や姉がいるという話は出ておらず、父親はナイジェリア人、母親は日本人
- 身長185センチ、体重は71キロから78キロへ7キロ増えた
- 出身高校は大阪の興國高校、出身中学は京都市立西京極中学校
- 本名は石渡ネルソン雄一郎で、公式の表記は2021年の後半に短くなった
- いわきFCで29試合4得点、2026年7月にベルギーのシント=トロイデンへ完全移籍
- 年俸は公表されておらず、制度から計算すると480万〜1,200万円の帯と予想できる
家族のことを追っていくと、確かめられる材料は中学校の名前ひとつしか残りませんでした。それでも同じ小さな学区からトップ選手が2人出ていること自体が、十分めずらしい話です。
私が気になっているのは、この先どちらかが家族の話をするかどうかです。競技がちがう二人が同じ時期に国際大会へ出る日が来れば、そのときに答えが出るのかもしれません。

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