甫木元空の父親や弟・家族構成は?身長や本名年齢と高校はどこ?

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甫木元空の父親や弟・家族構成は?身長や本名年齢と高校はどこ?

バンドBialystocksのボーカルで、映画監督で、小説も書く甫木元空(ほきもと そら)さん。2026年9月15日には、俳優の夏帆さんが公式サイトで甫木元空さんとの結婚を発表しました。

名前が一気に広がったぶん、父親はどんな人なのか、弟や家族はいるのかを知りたい人が増えています。身長や本名、年齢、出身高校もよく一緒に調べられているキーワードです。

甫木元空さんは、家族のことを作品にしてきた人です。父が遺したホームビデオが卒業制作になり、母と祖父の暮らす高知が映画になりました。だから家族のことは、本人の言葉としてあちこちに残っています。

公式サイトや自治体のページ、本人が答えたインタビューにあたって、現在分かっていることをまとめました。

甫木元空さんの父親は舞台の演出家です。氏名や年齢は公表されておらず、大学3年生だった年に亡くなっています。

この記事でわかること
  • 父親の職業と、名前や年齢がどこまで出ているか
  • 中学1年で父の中国公演に付いていった話
  • 父が遺したホームビデオが卒業制作になった経緯
  • 弟・母親・祖父について、公表されている範囲の一覧
  • 身長や体重の数字がどこにも出てこない理由
  • 本名の読み方と、甫木元という名字の由来
  • 出身高校について本人が話していること
  • 2026年9月15日に発表された夏帆さんとの結婚
  • バンドBialystocksの始まりと、歌うようになったきっかけ
  • あいみょんさん・菅田将暉さんとのつながり
質問

作品に家族が出てくるとは聞くけれど、ご本人の家族の話はどこまで出ているんでしょうか。

目次

甫木元空の父親は舞台の演出家

甫木元空の父親は舞台の演出家

甫木元空さんの父親は、舞台の演出家です。埼玉県越生町が公式サイトで「舞台演出家の父親とピアノ講師の母親のもとで育ち」と紹介しており、本人もインタビューで同じように話しています。

演劇の現場が生活のそばにあった家庭でした。甫木元さんは小さい頃から舞台装置のケーブルをさばくような手伝いをしていたそうです。

越生町の紹介でも、両親のもとで「映像と音楽に親しみ、生活の一部となっていました」と書かれています。特別な英才教育があったというより、家にあるものが自然と映像と音楽だった、という育ち方ですね。

父親の名前や年齢は公表されていない

父親の氏名と年齢は、どこにも公表されていません。甫木元空さんが答えたインタビューでも「父」「父親」としか出てきません。

演劇の世界で活動していた人ですが、作品名や劇団名まで本人が明かした場面もありません。分かっているのは職業と、いくつかのエピソードだけです。

中学1年で父の中国公演に付いていった

甫木元空さんが物作りの面白さを知ったのは、中学1年のときに父親が演出する舞台の中国公演へスタッフとして同行した日だったと本人が話しています。森村誠一さんの小説『悪魔の飽食』をミュージカルにした舞台でした。

照明が少しずれているだけで大人が本気で言い合いになる。その現場を見て衝撃を受けたそうです。マイクの音量を上げる役割をもらい、緊張したことを今でも覚えていると語っています。

ちょうど反抗期が来る時期でした。そこで大人が真剣に作っている姿を見たことで、反抗するどころではなくなったという話し方をしています。

大学3年のときに父を亡くしている

父親が亡くなったのは、甫木元空さんが多摩美術大学の3年生だったときです。ラジオ番組でも「大学3年時に父が亡くなった」ことを人生の転機として挙げています。

その翌年に卒業制作を作っているので、父の死からあまり時間を置かずにカメラへ向かったことになります。当時のインタビューでは「父親が死んで一年という事もあり」と自分で話しています。

父が遺したホームビデオが卒業制作になった

甫木元空さんの卒業制作『終わりのない歌』は、父親が遺したホームビデオを再編集して作られた66分の作品です。多摩美術大学の公式サイトにも卒業制作優秀作品集2014として載っています。

父親は、甫木元さんが生まれてから幼稚園に上がる前まで、ほぼ毎日ビデオを回していたそうです。その膨大な素材を編集し直し、最後に今の自分が出てきて弾き語りを1曲して終わる、という構成になっています。

ホームビデオには弟と過ごす日常も入っていて、演劇と映画を混ぜたような作りになりました。第26回東京学生映画祭で準グランプリを受け、国内外の映画祭でも上映されています。

作品の詳細は多摩美術大学の公式作品ページで見られます。

父の背中は現場で見ていた

父親から映画や演劇を教わったという話は出てきません。甫木元空さんが吸収したのは、言葉ではなく現場そのものでした。

大学に入ってからヨーロッパ映画の名前が飛び交うのを聞いて「誰?」と思ったそうです。父親にその話をしたら「そんなことも知らないのか」と言われたと笑って振り返っています。

ホームビデオを編集していたときには「ホームビデオと言いつつ、父に演出されているようでもありました」とも話しています。撮り方に演出家の癖が出ていた、ということですね。

父親とのできごとを時系列で並べる

父親にまつわる話を本人が語った内容から年の順に並べ直すと、断片で出てくるエピソードが1本の線につながります。時系列で見ていきます。

時期できごと分かっている出どころ
1992年〜幼稚園前父がほぼ毎日ホームビデオを撮る本人がラジオとインタビューで発言
幼少期母の朗読劇に付いていき舞台のケーブルをさばく本人がインタビューで発言
中学1年父の舞台の中国公演にスタッフとして同行本人がインタビューとポッドキャストで発言
高校卒業後多摩美術大学 映像演劇学科へ進学越生町公式・大学公式
大学3年父と死別本人がラジオとインタビューで発言
2014年父のホームビデオを使った『終わりのない歌』を発表多摩美術大学 公式作品ページ

父親の名前も年齢も出ていませんが、いつ何があったかはここまではっきりしています。名前が分からないことと、人物像が分からないことは別だと感じます。

甫木元空の弟や家族構成は?

甫木元空の弟や家族構成

甫木元空さんの家族構成は、父・母・弟・母方の祖父、そして2026年9月に結婚した妻です。父と母はすでに亡くなっています。

本人が作品や取材で話している範囲をまとめると、それぞれどこまで出ているかがはっきり分かれます。

家族について公表されていること

家族については、職業や関係は出ているのに、氏名や年齢はほとんど出ていないという形になっています。2026年9月15日時点で、誰について何が分かるのかを一覧にしました。

続柄公表されていること公表されていないこと
父親舞台の演出家。大学3年のときに死別氏名・年齢・関わった作品名
母親ピアノ講師。街の合唱団や朗読劇の活動。2021年に死別氏名・年齢
弟存在は本人が言及。子どもが生まれている氏名・年齢・職業
祖父(母方)高知県四万十町で暮らしていた氏名・年齢
妻俳優の夏帆さん。2026年9月15日に発表結婚の時期・馴れ初めの詳細

こうして並べると、出ているのは「何をしていた人か」ばかりだと分かります。名前を出さずに、作品を通して関係だけを見せてきた人なんだと思います。

母親はピアノ講師で合唱団の活動もしていた

甫木元空さんの母親はピアノ講師で、街の合唱団の活動もしていました。越生町の公式サイトにも「ピアノ講師の母親」と書かれています。

宮沢賢治の朗読に自分で書いた曲を付けることもあったそうです。子ども向けに劇団を招く「おやこ劇場」という取り組みがあり、母親が所属する朗読劇の劇団もよく呼ばれていました。

母親は2021年に亡くなっています。2017年に余命宣告を受けたことをきっかけに、甫木元さんは母と祖父が暮らす高知県四万十町へ移り住みました。

弟がいることは本人が話している

甫木元空さんには弟がいます。卒業制作『終わりのない歌』には、父のホームビデオに映る幼い頃の映像と、成長したあとの弟との日常が組み合わされています。

分かっているのは弟がいるというところまでで、名前や年齢、職業について本人が語った場面はありません。何歳離れているのかも出ていない状態です。

弟に子どもが生まれたことも作品になっている

弟に子どもが生まれたことを、甫木元空さんは2023年の個展のインタビューで自分から話しています。母を見送った時期と、次の世代が生まれた時期が重なったという話です。

「母が徐々に高知の自然へと還っていく印象を受けた。その過程で、弟に子供ができ、次なる世代が誕生し、そういう家族の営みの記録と高知の自然を組み合わせた構成となっています」と語っています。

個展『窓外 1991-2021』は、高知県立美術館で2023年12月から開かれた展示です。家族の記録がそのまま作品になっている、という点でこの人の作り方がよく出ています。

祖父が暮らす高知へ移り住んでいる

甫木元空さんは2017年に高知県四万十町へ移住しました。母方の祖父が一人で暮らしていた土地で、母がその世話のために移り、甫木元さんもあとを追う形になりました。

2022年の映画『はだかのゆめ』は、この高知での暮らしがもとになっています。四万十川のそばで祖父・母・息子の三世代が暮らす話で、自分の半生を映した作品だと紹介されています。

はだかのゆめの「じい」役は甫木元姓の人物

『はだかのゆめ』のキャストには、「じい」役として甫木元尊英(ほきもと たかひで)さんがクレジットされています。甫木元は母方の名字なので、母方の親族が出ていると考えられます。

この人が祖父本人なのかどうかは、公式には説明されていません。ただ、祖父と暮らしながら日常を撮ってきた人の作品で、同じ名字の人が祖父役に立っているのは偶然ではないように思います。

七瀬しおり

家族のことは名前こそ出ませんが、作品のほうにたっぷり残されています。

甫木元空の身長は公表されている?

甫木元空さんの身長は公表されていません。体重も同じで、数字そのものがどこにも置かれていません。

バンドの公式サイト、映画の公式サイト、美術館の作家紹介、ラジオ局のDJ紹介と、プロフィールが載る場所はいくつもあります。そのどれにも身長の欄がありません。

プロフィールが置かれている主な場所と、そこに何の項目があるかを並べると次のようになります。

プロフィールの置き場載っている項目身長
Bialystocks 公式サイト担当パート・バンドの経歴欄が無い
映画の公式サイトと配給の紹介生年・出身・学歴・監督作欄が無い
高知県立美術館などの作家紹介生年・拠点・活動領域欄が無い
FM802のDJ紹介担当番組・活動の紹介欄が無い
越生町の公式サイト生年月・在住歴・経歴欄が無い

身長や体重の数字が出てこない理由

身長が出てこないのは仕事の立ち位置によるものだと私は思っています。俳優やモデルのプロフィールには身長の欄がありますが、監督や音楽家のプロフィールには置かれないのが普通だからです。

この記事の家族の一覧でも同じことが起きています。職業や関係は出ているのに、氏名や年齢のような個人の数値は出ていません。甫木元空さんの周辺では、作品に必要な情報だけが外に出ています。

なので身長を数字で知りたい場合は、今のところ答えは出ません。数字を書いているものを見かけたら、どこで発表された数字なのかを一度たしかめてみてください。

背丈の見当をつけるなら写真から

背丈のおおよそを知りたいなら、共演者と並んだ写真を見るのがいちばん近道です。舞台あいさつやライブの写真なら、隣に立つ人の公表身長を手がかりにできます。

ただし靴や立ち位置で見え方は変わるので、そこから何センチと決めてしまうのはおすすめしません。あくまで雰囲気をつかむ程度に留めておくのがよさそうです。

甫木元空の本名と年齢・名前の読み方

甫木元空さんの名前の読み方は「ほきもと そら」です。この名前が本人のものとして映画のクレジットにも音楽の作品にも使われており、別の芸名を使っているという情報はありません。

珍しい名字なので読めないという声が多く、本人も「ウラキゲンクウ」と読まれたことがあると笑って話しています。

甫木元は母方の名字

「甫木元」は母方の名字です。本人が2025年5月のインタビューで「母方の名字で、高知と、あとは和歌山あたりにいるそうです。黒潮海流沿いに多い名字らしいです」と説明しています。

高知に多い名字だという話と、母方の祖父が高知県四万十町にいたことはつながります。名字のほうから家系のたどり方が見えてくる、という珍しい例ですね。

全国でも数十人といわれるほど少ない名字です。同姓の人に出会うことのほうが珍しい、という前提で見たほうがよさそうです。

生年月日と年齢

甫木元空さんの生年月日は1992年2月9日で、年齢は34歳です。結婚を報じた各媒体も34歳と伝えています。

項目内容
名前甫木元空(ほきもと そら)
生年月日1992年2月9日
年齢34歳
出身埼玉県(越生町で育つ)
学歴多摩美術大学 映像演劇学科 卒業
肩書き映画監督・音楽家・小説家
バンドBialystocks(ボーカル・ギター)
身長公表されていない

経歴を年表で見る

甫木元空さんの経歴は、映画から始まって音楽と小説へ広がっていった流れです。年の順に並べると、家族のできごとと作品が交互に並んでいるのが分かります。

年できごと
1992年2月9日に埼玉県で誕生。越生町で育つ
2014年卒業制作『終わりのない歌』を発表。東京学生映画祭で準グランプリ
2016年長編デビュー作『はるねこ』が公開。翌年ロッテルダム国際映画祭へ
2017年母の余命宣告を受け、祖父と母の暮らす高知県四万十町へ移住
2019年『はるねこ』の生演奏上映をきっかけにBialystocksを結成
2021年1stアルバム『ビアリストックス』を発表。母と死別
2022年映画『はだかのゆめ』公開。『Quicksand』でメジャーデビュー
2023年小説『はだかのゆめ』でデビュー。高知県立美術館で個展
2025年映画『BAUS 映画から船出した映画館』公開
2026年高崎映画祭で新進監督グランプリ。夏帆さんとの結婚を発表

2017年の移住と2021年の死別をはさんで、そのあとに作品が立て続けに出ています。高知での時間がそのまま創作につながった形ですね。

生まれは埼玉県で、育ちは越生町

甫木元空さんは埼玉県で生まれ、越生町で育ちました。越生町は公式サイトで「小学生から大学卒業後まで越生町で過ごしました」と紹介しています。

同じページには、町役場に小・中学校時代をともにした同級生が4人勤めていることや、今でも時折町を訪れて友人と会っていることも書かれています。町のプロモーション動画「帰り道」も甫木元さんが制作しました。

町の紹介ページは越生町の公式サイトで読めます。

甫木元空の高校はどこ?

甫木元空さんの出身高校は公表されていません。校名を明かした発言も、公式のプロフィールに載っている記載もありません。

ただし、どんな高校だったのかは本人の言葉で残っています。校名が分からなくても、3年間の雰囲気はかなりはっきり見えます。

本人が話した高校時代の進路の空気

甫木元空さんが通っていたのは美術系ではない、一般の進学校でした。本人が「通っていた高校は美大向きとかではなく、普通の大学に進学するのが当たり前みたいな感じでしたね」と話しています。

美大に進む人もほとんどいなかったため、学校側からも普通の大学に進んだほうがいいと言われていたそうです。

高校時代については「何かやりたいことを自分の中で明確に見つけられていたわけではないし、何か特別な活動をやっていたわけでもなかった。ダラダラ過ごしていたら3年が経っていた」とも語っています。

小学校と中学校は越生町

小学校と中学校は埼玉県越生町です。町の公式サイトに、小・中学校時代をともにした同級生4人が町役場に勤めていると書かれています。

高校名だけが出ていないのは、小中と違って町が紹介する必要のない部分だからかもしれません。町の紹介ページも、同級生の話は小・中学校時代までで止まっています。

越生町は人口1万1千人ほどの町で、町内にも県立の高校があります。東武越生線で坂戸へ出れば東上線に乗り換えられるので、町外へ通う選択肢も同じくらい自然です。

つまり地理から候補を1つに絞ることはできません。分かるのは「美大へ進む人がいない環境から多摩美へ行った」という中身のほうで、校名は本人が話すのを待つしかない部分です。

多摩美の入試は「旅」がテーマだった

甫木元空さんが進んだ多摩美術大学 映像演劇学科の入試は、「旅」をテーマにした変わった試験でした。受験生がそれぞれ旅に出て、出会ったものを事前に送ると、それが合否に反映される仕組みだったそうです。

甫木元さんは屋久島を選び、父親の知り合いが住んでいると聞いて訪ねたものの、行ってみたら全然知り合いではなかったと話しています。結局マンゴー農園に住み込みで働き、そこで撮った写真を送って合格しました。

美大の試験にデッサンが必要なことも、受験生が美術予備校に通うことも、直前まで知らなかったそうです。高校時代に美術の準備をしていなかったことが、この話からも分かります。

大学3・4年で青山真治のゼミに入った

甫木元空さんの進路が決まったのは、大学3・4年で映画監督の青山真治さんのゼミに入ったことでした。青山さんが最初のプレゼンで「映画を教えることに僕は懐疑的です」と言ったのを聞いて、この人の講義は面白そうだと思ったそうです。

ゼミでは学生が部署に分かれて1本の作品を作り、青山さんが毎年夏に撮る短編に全員が関わりました。「まず40分の映画を撮れるように」と言われ、脚本を書いては見せるやりとりが卒業後も続いたといいます。

青山さんは卒業制作を見たあと「とりあえずCDと脚本を持ってこい」と声をかけ、のちに長編デビュー作『はるねこ』をプロデュースしました。青山さんは2022年に亡くなっています。

甫木元空が結婚した相手は夏帆

甫木元空さんの結婚相手は俳優の夏帆さんです。2026年9月15日に夏帆さんが公式サイトで発表しました。

夏帆さんは1991年6月30日生まれの35歳で、東京都出身。2004年に俳優デビューしています。

夏帆が公式サイトで出したコメント

発表は夏帆さん本人のコメントという形で出されました。「この度、わたくし夏帆は甫木元空さんと結婚する運びとなりました」という書き出しです。

続けて「これからは家族としてお互いの健康を第一に考え、一つ一つのご縁を大切にしながら、より一層創作活動に励んでまいります」とつづられていました。

最後は「皆様には温かく見守っていただけますよう、今後ともよろしくお願い申し上げます」と結ばれています。結婚した時期や馴れ初めについては触れられていません。

二人の接点は映画『BAUS 映画から船出した映画館』

公になっている二人の接点は、2025年3月公開の映画『BAUS 映画から船出した映画館』です。甫木元空さんが監督・脚本を担当し、夏帆さんが出演しています。

この映画は、恩師の青山真治さんが温めていた脚本を、亡くなったあとに甫木元さんが引き継いで書き直して撮ったものです。主演は染谷将太さんで、二人は公開時の舞台あいさつにもそろって登場していました。

作り手と演じ手として同じ現場にいたことになります。コメントにあった「より一層創作活動に励んでまいります」という言い方も、二人の関係を考えると素直に読める一文です。

彼女の話はこれまで出ていなかった

甫木元空さんの交際相手が報じられたことは、この発表まで一度もありませんでした。夏帆さんとの交際についても、事前に報道は出ていません。

「甫木元空 彼女」というキーワードがよく検索されているのは、結婚の発表で名前を知った人が、これまでどうだったのかをさかのぼって調べているからだと考えられます。過去の交際歴について本人が語った場面もありません。

甫木元空のバンドはBialystocks

甫木元空さんが組んでいるバンドはBialystocks(ビアリストックス)です。キーボードの菊池剛さんとの2人組で、甫木元さんはボーカルとギターを担当しています。

ジャズをもとにしながらジャンルを横断するサウンドと、フォーキーで温かみのあるメロディが持ち味だと紹介されています。

『はるねこ』の生演奏上映から始まった

Bialystocksが生まれたきっかけは、2019年に開かれた映画『はるねこ』の生演奏上映でした。本編の上映に合わせて劇伴を演奏する企画で、日ごとにバックバンドを替えて演奏していたそうです。

そのうち同世代のミュージシャンが集まった日のメンバーが、菊池剛さんが声をかけた面々でした。せっかくならオリジナル曲を作ろうという話になり、そこからバンドが始まっています。

2022年に『Quicksand』でメジャーデビュー

Bialystocksは2022年11月30日にメジャー1stアルバム『Quicksand』を出してメジャーデビューしました。前年の2021年には自主制作のアルバム『ビアリストックス』を発表しています。

その後は日本武道館での公演を行い、2026年には「FUJI ROCK FESTIVAL ’26」にも出演。楽曲「Everyday」はフジテレビ系ドラマ『ラムネモンキー』の主題歌にも起用されました。

歌声のきっかけは青山真治の一言

甫木元空さんが歌うようになったきっかけは、青山真治さんがカラオケで聞いた声でした。一緒に行ったカラオケで甫木元さんがQueenを歌っているのを聞き、「その声を残したほうがいいんじゃないか」と思っていたそうです。

その流れで長編デビュー作『はるねこ』の歌を本人が担当することになりました。映画のために曲を作り始めたことが、のちのバンド活動につながっています。

もともと演者より裏方になりたい気持ちのほうが大きかったと本人は話しています。歌はやりたくて始めたというより、人に見つけてもらったものだったわけですね。

2025年10月からはFM802「MUSIC FREAKS」のDJも務めています。2026年1月4日の放送では、亡くなった母親の歌声に重ねて甫木元さんが一緒に歌う場面が反響を呼びました。

この回は第63回ギャラクシー賞のラジオ部門で奨励賞を受けています。歌声そのものが、家族を残すための手段として使われた場面でした。

映画・音楽・小説の3つを行き来している

甫木元空さんは映画・音楽・小説の3つを並行して続けています。2023年には映画と同じタイトルの詩小説『はだかのゆめ』で小説家としてもデビューしました。

2026年には『BAUS 映画から船出した映画館』で第39回高崎映画祭の新進監督グランプリを受賞。同じ年の4月からは中日新聞のカルチャー面でコラムの執筆も担当しています。

甫木元空とあいみょん・菅田将暉のつながり

甫木元空さんとあいみょんさん・菅田将暉さんのつながりは、ミュージックビデオの監督と楽曲提供です。歌う人としてではなく、映像と曲を作る側で関わっています。

あいみょん「ざらめ」のMVを監督

甫木元空さんはあいみょんさんの「ざらめ」のミュージックビデオを監督しました。2024年に公開された作品で、ドラマ『降り積もれ孤独な死よ』の主題歌です。

あいみょんさんが着物姿の女性や男性など5人の自分を演じる内容で、公開当時に話題になりました。「甫木元空 あいみょん」がよく検索されているのは、このMVがきっかけだと考えられます。

同じ2024年には雑誌の企画で二人の対談も行われています。歌う側と撮る側という組み合わせで、一度きりの仕事では終わっていない関係です。

菅田将暉には楽曲提供とMV監督

菅田将暉さんとは楽曲提供とMV監督の両方で関わっています。2023年に「ユアーズ」のミュージックビデオを監督し、2024年のアルバム『SPIN』には「二つの彗星」を作詞・作曲で提供しました。

2026年9月には、菅田将暉さんが監督と主演を務める映画『死の谷’95』の脚本を甫木元さんが担当することも発表されています。

亡くなった人を作品に残すという姿勢

甫木元空さんの作品にはいなくなった人を残すという一本の線があります。父のホームビデオで卒業制作を作り、母と祖父の暮らしを映画にし、恩師の脚本を引き継いで撮ってきました。

本人は「どの作品にも個人的な喪失があった」と話しています。喪失については「つらいことを、これを機に乗り越えましたっていう劇的なことは意外となくて、ずっとぬるっと悲しみの感情の中にいる」とも語っています。

そのうえで「どんなに大事な人であっても、月日が経つうちに忘れていくじゃないですか。でも、それって、悪いことでもないのかなと思います」とも続けています。

七瀬しおり

家族を撮ってきた人が、今度は自分の家族を持ったことになりますね。

甫木元空の父親や家族に関するよくある質問

父親はどんな人ですか

父親は舞台の演出家です。氏名や年齢は表に出ていません。甫木元空さんが多摩美術大学の3年生だったときに亡くなっています。

兄弟はいますか

兄弟は弟がいます。卒業制作『終わりのない歌』に弟との日常が入っており、2023年のインタビューでは弟に子どもが生まれたことを本人が話しています。

身長は何センチですか

身長は表に出ていません。バンドの公式サイトにも映画の公式サイトにも、身長や体重の欄そのものが置かれていません。

本名は何ですか

本名は甫木元空(ほきもと そら)として使われています。甫木元は母方の名字で、高知や和歌山のあたりに多い姓だと本人が話しています。

出身高校はどこですか

出身高校の校名は出ていません。ただし本人は、美大に進む人がほとんどいない、普通の大学へ進むのが当たり前の高校だったと話しています。

結婚していますか

結婚しています。2026年9月15日に、俳優の夏帆さんが公式サイトで結婚を発表しました。二人は映画『BAUS 映画から船出した映画館』で監督と出演者として関わっています。

まとめ:甫木元空の父親と家族について

甫木元空さんの父親や弟・家族構成、身長や本名年齢、高校について分かっていることをまとめました。

  • 父親は舞台の演出家。氏名と年齢は公表されておらず、大学3年のときに死別している
  • 中学1年で父の中国公演に同行したことが、物作りに向かう原体験になった
  • 父が遺したホームビデオが、卒業制作『終わりのない歌』になった
  • 家族構成は父・母・弟・母方の祖父と、2026年9月に結婚した妻
  • 母親はピアノ講師で、2021年に死別。2017年から高知県四万十町で暮らしている
  • 身長と体重は公表されていない
  • 名前の読みは「ほきもと そら」。甫木元は母方の名字で、生年月日は1992年2月9日の34歳
  • 出身高校は非公表。美大に進む人がほとんどいない一般の進学校だったと本人が話している
  • 結婚相手は俳優の夏帆さん。接点は映画『BAUS 映画から船出した映画館』
  • バンドはBialystocks。歌うきっかけは青山真治さんの一言だった

名前や年齢といった個人の情報はほとんど出ていない一方で、家族と過ごした時間そのものは作品の形でたっぷり残されている人です。気になった方は、まず『終わりのない歌』や『はだかのゆめ』から触れてみてくださいね。

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