エバデダンラリーの本名や国籍・高校はどこ?日本語は話せる?

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エバデダンラリーの本名や国籍・高校はどこ?日本語は話せる?

バレーボールの日本代表の試合で「エバデダン ラリー」という名前を見て、そもそもどう読むのか、本名はこれで全部なのかが気になって来た方が多いと思います。ユニフォームには「LARRY」とだけ入っていますし、書かれ方も場所によって違いますよね。

エバデダン・ラリー選手の本名は「エバデダン・ラリー・アイケー」、アルファベットでは「Larry Ik Evbade-Dan」です。国籍は日本で、岐阜県海津市の生まれ。ナイジェリア人の父と日本人の母のもとで日本で育っています。

この記事では、名前の読み方と書き方の違いから、国籍と何人なのか、生まれと出身、高校と大学、日本語のこと、両親と兄、結婚の話までを順番に並べます。数字は所属クラブと国際大会の選手ページで確かめたものを使います。

先に結論だけ言うと、名前が長く見えるのはミドルネームが入っているからで、書かれ方が違って見えるのは並べ方のルールが場所ごとに違うからです。学校名が2通り出てくるのにも、はっきりした理由があります。

この記事でわかること
  • 本名の読み方と、アルファベットでの正しいつづり
  • 同じ名前が公式の場所ごとに6通りに書かれていること
  • 国籍と「何人なのか」の答えと、日本代表に入れる理由
  • 生まれた日と出身地、いま何歳なのか
  • 高校名が「松本国際」と「創造学園」の2通りで出てくるわけ
  • 日本語をどれくらい話すのかが分かる3つの手がかり
  • 両親と、同じミドルブロッカーの兄のプロフィール
  • 結婚や彼女の話がどこまで出ているか
質問

名前が長くて、どこまでが名字なのかも分かりません。

七瀬しおり

名字が先に来る書き方が混ざっているだけなんです。分解すればすっきりしますよ。

目次

エバデダンラリーの本名はエバデダン・ラリー・アイケー

エバデダンラリーの本名はエバデダン・ラリー・アイケー

エバデダン・ラリー選手の本名は「エバデダン・ラリー・アイケー」です。アルファベットでは「Larry Ik Evbade-Dan」と書きます。「エバデダン」が名字、「ラリー」が名前、「アイケー」がミドルネームにあたる部分です。

試合の中継やユニフォームで見かける「LARRY」は、国際大会で使うシャツネームです。名字ではなく名前のほうが背中に入っているので、そこだけ見ると名字が分からなくなります。

日本の選手は背中に名字が入るのが一般的なので、この形はめずらしく見えます。ただ、国際大会では選ばれた1語を入れる決まりなので、呼ばれ慣れた「LARRY」を選んでいる、ということです。

読み方は「えばでだん・らりー・あいけー」

読み方は「えばでだん・らりー・あいけー」です。日本代表の名簿や所属クラブの選手ページでは、中黒を入れずに「エバデダン ラリー アイケー」と空白で区切って書かれています。

名字の「エバデダン」は父方から受け継いだナイジェリアの名字です。日本の名字にはない並びなので、初めて見ると「エバ・デダン」のように切ってしまいがちですが、ひとかたまりで「エバデダン」です。

ミドルネームの「アイケー」は、アルファベットでは「Ik」もしくは「IK」と書かれます。日本の試合の実況やテロップでは省かれることが多く、そのために本名を調べたときに「思っていたより長い」と感じる方が多いようです。

名前の書き方は公式の場所ごとに6通りある

同じ選手の名前なのに、書かれ方はひとつに揃っていません。所属クラブ・国際大会・日本代表の名簿・入団のお知らせ・放送局の選手名鑑・日本語版ウィキペディアの6か所を並べると、6通りの書き方が出てきます。

どこで見た書き方か 日本語の書き方 アルファベットの書き方
大阪ブルテオン(所属クラブ) エバデダン ラリー アイケー Larry Ik Evbade-Dan
Volleyball World(国際大会) 記載なし Larry Ik Evbade-Dan(背中はLARRY)
月刊バレーボール(日本代表2026) エバデダン ラリー EVBADE-DAN Larry
パナソニックの入団のお知らせ エバデダン ラリー 記載なし
J SPORTS 選手名鑑 エバデダン ラリー アイケー LARRY(シャツネーム)
日本語版ウィキペディア エバデダン・ラリー・アイケー Larry IK Evbade-dan

違いは3つに整理できます。ミドルネームを入れるか外すか、名字を先に置くか名前を先に置くか、そして「dan」の頭を大文字にするかどうかです。

名字を先に置く「EVBADE-DAN Larry」は、国際大会の名簿でよく使われる並べ方です。日本人選手も「ISHIKAWA Yuki」のように名字を大文字で先に書くので、同じルールが当てはめられています。

どれが間違いというわけではありません。ただ、検索するときは「エバデダンラリー」と続けて入れるのがいちばん引っかかります。中黒や空白の位置は場所ごとに違うためです。

つづりを打ち間違えやすいのも、この名字の特徴です。「Evbade」の「vb」は日本語にない子音の並びで、「Evbadedan」「Ebadedan」「Evbade dan」など、書く人によって形が変わります。

日本語のほうも「エバデダン」「エバダデン」の2通りが混ざりがちです。名前を確実に当てたいときは、ハイフンつきの「Evbade-Dan」か、カタカナの「エバデダン」を目印にすると迷いません。

プロフィール早見表

エバデダンラリー選手のプロフィールは、身長195cm・体重90kg・ポジションはミドルブロッカーです。

所属する大阪ブルテオンの選手ページに載っている項目です(2026年9月4日に確認)。身長195cm、体重90kg、足のサイズは31cmで、最高到達点は350cmです。

項目 内容
本名 エバデダン・ラリー・アイケー(Larry Ik Evbade-Dan)
ニックネーム ラリー
背番号 23
ポジション ミドルブロッカー
生年月日 2000年8月18日
年齢 26歳
身長 195cm
体重 90kg
足のサイズ 31cm
血液型 B型
利き腕 右
最高到達点 350cm(指高253cm)
出身地 岐阜県海津市
出身高校 松本国際高等学校
出身大学 筑波大学
所属 大阪ブルテオン
得意なプレー クイック、サーブ
Vリーグ初出場 2022年1月16日 大分三好ヴァイセアドラー戦

出典:大阪ブルテオン 選手紹介ページ

体重は選手ページの90kgを採りました。日本語版ウィキペディアには86kgと書かれていますが、更新のタイミングで差が出ている数字です。

エバデダンラリーの国籍は日本|何人なのかを整理

エバデダンラリーの国籍は日本|何人なのかを整理

エバデダン・ラリー選手の国籍は日本です。国際大会の選手ページでも、国籍の欄は「JP」と表示されています。ナイジェリア人の父と日本人の母のもとに生まれた、いわゆるハーフです。

「何人ですか」という問いへの答えは、書類のうえでは日本人です。ルーツはナイジェリアと日本の両方にあります。

日本国籍でルーツがナイジェリアにある

エバデダンラリー選手は日本国籍で、ルーツがナイジェリアにあります。父がナイジェリアの出身で、母は日本人です。

生まれたのは岐阜県海津市で、育ったのも日本です。父がナイジェリアの出身で、母は日本人。名字の「エバデダン」は父方から受け継いだものです。

ここからは私が思っていることをお伝えしますね。この選手を紹介するとき「ナイジェリアのハーフ」という説明が先に来ることが多いのですが、私はその順番が実際と少しずれていると思っています。

生まれたのは岐阜県、小学校から大学までずっと日本の学校、国際大会の登録も日本です。ルーツは大事な背景ですが、先に置くなら「岐阜県育ちの日本のミドルブロッカー」のほうが実際に近いと思っています。

日本代表として出られるのは日本国籍だから

「外国人選手なのに日本代表なの」という疑問が投げられることがあります。答えはシンプルで、日本国籍を持っているからです。

国際大会の代表資格は、その国の国籍を持っていることが土台になります。ナイジェリアにルーツがあっても、国籍が日本であれば日本代表としてコートに立てます。

日本代表としての登録は2022年から続いていて、ネーションズリーグやパリオリンピックの予選にも名を連ねてきました。2024-25シーズンにはSVリーグのベストミドルブロッカーにも選ばれています。

「外国人選手が日本代表にいる」という受け取られ方をされることがあるのは、名前の見た目とプレースタイルの印象が先に来るからだと考えられます。実際には、名前が長いだけで岐阜県生まれの日本国籍の選手です。

ミドルブロッカーは、相手のスパイクを止めに跳び、味方の速攻でも走るポジションです。日本代表がこの数年で高さと速さを両立できるようになった背景に、195cmで速攻に入れる選手が育ったことがあります。

2026年のネーションズリーグは全14試合に出場

国際大会の選手ページに載っている2026年のネーションズリーグの記録を、1試合ずつ数えて並べました。出場は14試合、合計91得点。内訳はアタック66点、ブロック22点、サーブ3点です。

試合日 対戦 得点 アタック ブロック サーブ
6月10日 ウクライナ戦 5 2 2 1
6月12日 ポーランド戦 0 0 0 0
6月13日 中国戦 8 7 1 0
6月14日 スロベニア戦 0 0 0 0
6月24日 セルビア戦 2 1 1 0
6月26日 イラン戦 15 10 5 0
6月27日 アメリカ戦 9 6 2 1
6月28日 フランス戦 3 3 0 0
7月15日 イタリア戦 7 6 1 0
7月16日 カナダ戦 12 9 2 1
7月19日 アルゼンチン戦 6 4 2 0
7月29日 中国戦 13 8 5 0
8月1日 アメリカ戦 6 6 0 0
8月2日 スロベニア戦 5 4 1 0

出典:Volleyball World 選手ページ(VNL 2026)

並べてみると、二桁得点は3試合。イラン戦の15点が最も多く、この試合ではブロックだけで5点を積んでいます。ブロックで5点を取った試合は、6月のイラン戦と7月の中国戦の2試合でした。

逆に、得点が0だった試合も2つあります。6月12日のポーランド戦と6月14日のスロベニア戦です。出番の長さや役割はその日の作戦で変わるので、数字が伸びない日があるのは自然なことです。

ミドルブロッカーは点数が目立ちにくいポジションですが、14試合すべてで出番があったこと自体が、代表の中での立ち位置を示しています。

エバデダンラリーの生まれは2000年8月18日で出身は岐阜県海津市

エバデダンラリー選手が生まれたのは2000年8月18日で、出身は岐阜県海津市です。

生まれた日は2000年8月18日。出身は岐阜県海津市です。日本代表の中では中堅にさしかかる世代で、同じ年に生まれた選手には大学から一緒に代表へ入ってきた顔ぶれもいます。

生まれた日と年齢の数え方

2000年8月18日生まれなので、誕生日を迎えたあとの2026年は26歳です。誕生日が8月なので、1月から8月17日までは25歳と書かれ、8月18日を過ぎると26歳になります。

年齢の表記がページによって1つずれて見えるのは、この境目をまたいでいるためです。国際大会の選手ページの年齢欄は26歳と出ています。

育ったのは岐阜県の南西のはしにある市

海津市は岐阜県のいちばん南西にある市で、木曽川・長良川・揖斐川の3つの川に囲まれた土地です。愛知県と三重県の県境に接していて、名古屋方面へ出やすい場所にあります。

中学は海津市内の平田中学校です。日本代表の名簿に載っている学歴の欄も「平田中→創造学園高→筑波大」の順で書かれています。

兄も同じ海津市の出身で、所属チームの選手ページには出身地が岐阜県海津市と記載されています。兄弟そろって同じ町から日本のトップリーグへ進んだことになります。

海津市は2005年に海津町・平田町・南濃町の3つが合併してできた市です。通っていた平田中学校は、合併前は平田町にあった学校にあたります。

バレーを始めたのは小学生のとき

バレーボールを始めたきっかけは、3学年上の兄がすでにバレーをしていたことです。兄の練習について行くうちに自分も始めた、という流れが各所で語られています。

小学生のうちから背は高いほうで、中学に入ってからは県内でも目立つ存在になっていきました。長野県の高校へ進んだのも、この時期の成長があってのことです。

エバデダンラリーの高校は松本国際|創造学園と2つの名前が出てくる理由

出身高校は長野県松本市の松本国際高等学校です。ところが日本代表の名簿では「創造学園高」と書かれています。どちらも正しく、同じ学校の古い名前と新しい名前です。

在学中に校名が変わっている

創造学園高等学校は2018年4月1日に松本国際高等学校へ校名を変えました。運営する法人の名前も学校法人創造学園から学校法人理知の杜に変わり、校舎も松本市村井町南へ移っています。

2000年8月生まれで、大学へ進んだのが2019年。そこから逆算すると、高校に入ったのは2016年4月で、卒業は2019年3月です。

つまり1年生と2年生は創造学園高校、3年生になる年から松本国際高校という3年間を過ごしたことになります。同じ人の学歴に2つの校名が出てくるのは、この境目をどちら側で書くかの違いです。

学校側は同じ場所で同じ部活を続けているので、経歴としては1つです。卒業証書に入る名前は、卒業した時点の校名である「松本国際高等学校」になります。所属クラブの選手ページが松本国際と書いているのは、この形に合わせているためです。

兄の内定発表にも「創造学園(現・松本国際)」と書かれている

この見方を裏づけるのが、兄の内定を伝えた記事です。月刊バレーボールが2019年10月28日に富士通の内定選手を伝えたとき、兄の学歴は「創造学園(現・松本国際)高→中京大(在学中)」と書かれていました。

兄は3学年上なので、在学期間はすべて創造学園高校の時代にあたります。それでも「現・松本国際」と添えられているのは、書いた時点ではもう新しい校名になっていたからです。

兄弟そろって同じ高校に進んでいることも、この1行から分かります。名前が2つあるだけで、通った学校は1つです。

大学は筑波大学で在学中にプロ入りした

高校を出たあとは筑波大学へ進みました。在学は2019年から2023年です。

大学3年生だった2022年1月6日、パナソニックがパンサーズの新戦力としての加入を発表しています。同時に発表されたのが、早稲田大学の大塚達宣選手でした。

このときの本人のコメントが「パンサーズという素晴らしいチームに加入させていただき、バレーボールに集中できる環境でプレーできることに心から感謝しております」というものです。Vリーグの初出場は同じ月の1月16日、大分三好ヴァイセアドラー戦でした。

このときはまだ大学生で、出場は2022年1月から4月まで。大学を卒業した2023年から、あらためて正式にチームの一員になっています。

所属チームの名前も途中で変わっている

ややこしいことに、入団したチームの名前も途中で変わっています。パナソニックパンサーズは2024年6月11日にリブランディングを発表し、クラブ名が「大阪ブルテオン」になりました。

新しい名前の「BLUTEON」は「Blue to Eon(永遠なる青)」を元にした造語です。2024年10月に始まったSVリーグに合わせた変更でした。

つまり同じ選手の経歴に、学校の名前が2つ、チームの名前が2つ出てきます。古い資料と新しい資料で名前が違って見えるのは、本人が移ったからではなく、所属先のほうが名前を変えたからです。

中学から日本代表までの流れを年表で並べた

ここまでに出てきた年月を、1本の流れにまとめました。名前が変わったタイミングも一緒に入れてあります。

時期 できごと
2000年8月18日 岐阜県海津市に生まれる
小学生のころ 兄の影響でバレーボールを始める
中学 海津市の平田中学校に通う
2016年4月 長野県の創造学園高等学校へ進学(逆算)
2018年4月1日 在学中に校名が松本国際高等学校へ変わる
2019年4月 筑波大学へ進学
2022年1月6日 パナソニックパンサーズへの加入が発表される
2022年1月16日 大分三好ヴァイセアドラー戦でVリーグ初出場
2022年 日本代表に登録される
2023年 筑波大学を卒業し、正式にチームへ加入
2024年6月11日 チーム名が大阪ブルテオンに変わる
2024-25シーズン SVリーグのベストミドルブロッカーに選ばれる
2025年 世界選手権の日本代表に入る
2026年 ネーションズリーグで14試合すべてに出場

中学から数えて、学校とチームで名前が変わったのが2回。名前をめぐる話が多いのは、本人の名前が長いからだけではありませんでした。

エバデダンラリーは日本語を話せる?受け答えはすべて日本語

日本語は問題なく話します。というより、日本語が生活してきた言葉そのものです。手がかりは3つあります。

小学校から大学まで日本の学校に通っている

エバデダンラリー選手は、小学校から大学まで日本の学校に通っています。

1つ目は学歴です。平田中学校、創造学園高校(現・松本国際高校)、筑波大学と、すべて日本の学校に通っています。海外の学校に在籍した記録はありません。

生まれた場所も岐阜県です。日本で生まれ、日本の学校で育っていれば、日常の言葉が日本語になるのは自然な流れです。

日本語で語った言葉がインタビュー記事に残っている

2つ目はインタビューです。集英社のweb Sportivaが2026年2月28日に載せた記事(筆者・小宮良之)で、自分の性格とポジションについて日本語で語っています。

そのなかで「隠れていきたい」と話し、目立たなさを自分の売りにしたいという言い方をしています。同じ媒体の6月9日の記事では、ブロックについて「ひたすらつき続けて、ラインを締めながら」と技術面を説明していました。

言い回しの細かさまで含めて、通訳を挟んだ受け答えではないことが分かる内容です。

「隠れていきたい」「目立たなさを売りにしたい」という言い方は、辞書どおりの日本語からは出てきません。感覚の細かいところを日本語で言い分けているのが分かる部分です。

入団のときのコメントも日本語で出している

3つ目は入団のときのコメントです。2022年のパナソニックの発表に載った本人の言葉も、日本語で書かれた敬語の文章でした。

チームの発表文に載る選手コメントは、本人が書いた言葉をもとにまとめられます。ここが日本語で成立していること自体が、答えのひとつです。

まとめると、日本語は「話せる」というより母語です。父の母国であるナイジェリアは英語を公用語にしている国ですが、本人が英語をどう使っているかについては、本人の言葉として残っているものがありません。

そのため、この記事では「日本語が母語で、受け答えも日本語」というところまでを答えとします。海外のクラブに移籍した経歴もないため、日常のやりとりが日本語で完結してきたことは経歴からも読み取れます。

エバデダンラリーの両親はナイジェリア人の父と日本人の母

父はナイジェリアの出身、母は日本人です。ふたりとも一般の人なので、名前や顔写真は表に出ていません。

父はナイジェリアの出身

名字の「エバデダン」は父方から受け継いだ名前です。ナイジェリアは西アフリカの国で、人口はアフリカで最も多く、公用語は英語です。

195cmという身長や、350cmに届く最高到達点といった体格の土台は、父から受け継いだものが大きいという見方をよくされます。ただ、これは本人が語ったことではなく、周りからの評価です。

母は日本人で一般の人

母は日本人です。岐阜県海津市で兄弟を育てた方ということ以外、表に出ている情報はありません。

兄弟の名前を見ると、弟にはミドルネームの「アイケー」、兄には「宇意」という日本語の名前が入っています。名前の付け方に、両親それぞれの文化が半分ずつ残っている形です。

兄弟がそろってバレーボールを続け、ふたりとも日本のトップリーグに進んでいます。中学から遠く離れた長野の高校へ送り出していることを考えると、家族ぐるみで競技を支えてきた家庭だったと考えられます。

ルーツは名字のほうに残っている

ルーツは、ナイジェリアから受け継いだ名字のほうに残っています。

おもしろいのは、兄の名前には「宇意」という漢字の名前が入っていることです。名字はナイジェリアから、名前の一部は日本から受け取っている形になります。

弟のミドルネーム「アイケー(Ik)」はナイジェリアでよく使われる名前の形です。ふたりの名前を並べるだけで、家族が2つの国にまたがっていることが見えてきます。

ナイジェリアは200以上の民族が暮らす国で、名字の形も地域によってさまざまです。「エバデダン」という並びは日本ではまず見かけない名字なので、同じ名字の選手が兄弟だと気づきやすい利点もあります。

エバデダンラリーの兄はエバデダン・ジェフリー・宇意

エバデダンラリー選手の兄は、富士通カワサキレッドスピリッツのエバデダン・ジェフリー・宇意選手です。

兄の名前はエバデダン・ジェフリー・宇意(えばでだん・じぇふりー・うい)さんです。弟と同じミドルブロッカーで、富士通カワサキレッドスピリッツに所属しています。

兄も現役のミドルブロッカー

兄のジェフリー・宇意選手も、現役のミドルブロッカーです。

チームの選手ページによると、背番号は1、身長は185cm、コートネームは「ジェフ」です。生まれは1998年3月17日、出身地は弟と同じ岐阜県海津市と記載されています。

大学は中京大学です。2019年10月に富士通への内定が発表され、そのまま同じチームでプレーを続けています。

学年は3つ上で高校まで同じ道をたどった

兄は学年で3つ上にあたり、高校までは同じ道をたどっています。

年齢の差だけを引くと2歳5か月ですが、兄は3月生まれの早生まれです。そのため学年では3つ上になります。「3歳上」と書かれることがあるのは、この学年差のほうを指しています。

高校は兄弟とも同じ創造学園高校(現・松本国際高校)です。大学から道が分かれ、兄は中京大学、弟は筑波大学へ進みました。

兄弟の歩みを並べた比較表

兄弟の歩みを並べると、生まれた市も高校もポジションも同じで、分かれたのは大学からです。

ふたりのプロフィールを同じ項目で並べてみます。ポジションまで同じという、めずらしい兄弟です。

項目 兄・ジェフリー宇意 弟・ラリー
生年月日 1998年3月17日 2000年8月18日
身長 185cm 195cm
ポジション ミドルブロッカー ミドルブロッカー
背番号 1 23
出身地 岐阜県海津市 岐阜県海津市
高校 創造学園(現・松本国際) 創造学園(現・松本国際)
大学 中京大学 筑波大学
所属 富士通カワサキレッドスピリッツ 大阪ブルテオン
日本代表歴 なし 2022年から

同じポジションなので、リーグ戦では兄弟がネットをはさんで向き合う場面も生まれます。バレーボールを始めたきっかけが兄だったことを思うと、いちばん近くにいた目標が今も現役でいる形です。

身長は弟のほうが10cm高く、代表歴があるのも弟のほうです。ただ、先に高校バレーの強豪校へ進み、先に大学経由でトップリーグへ入ったのは兄のほうでした。

弟が長野の高校を選んだ背景にも、兄が先にその道を通っていたことがあると考えられます。進路の情報がいちばん近くにあった形です。

エバデダンラリーの結婚や彼女の発表は出ていない

結婚や交際についての発表は、本人からもチームからも出ていません。指輪の目撃談のようなうわさも、出どころのはっきりしたものは見当たりません。

出ているのはバレーに関することだけ

本人の発信から出ているのは、バレーに関することだけです。

本人の発信は試合の報告とチームの告知が中心です。インタビューで語っているのも、ポジションへの向き合い方やブロックの技術といった競技の話でした。

プロのバレーボール選手は、シーズン中は週末ごとに試合があり、代表に入れば夏は国際大会が続きます。私だったら、この時期に私生活の発表を急ぐことはしないだろうなと思います。

家族の話題が広がった時期と重なっている

結婚という話題が出てくるようになったのは、代表に定着して注目が集まった時期と重なっています。同じころに両親や兄のことも調べられるようになりました。

26歳という年齢も理由のひとつだと考えられます。同世代の選手が結婚を発表するたびに、名前を並べて調べる人が増えるためです。

つまり結婚の話は、何かが起きたから出てきたのではなく、注目が家族のほうへ広がった結果として出てきているものだと考えられます。

もうひとつ、名字がめずらしいことも関係していると考えられます。「エバデダン」で調べると兄の名前も一緒に出てくるため、家族の話にたどり着きやすいのです。

エバデダンラリーの本名や国籍に関するQ&A

エバデダンラリーの本名は何ですか?

エバデダン・ラリー・アイケーです。アルファベットでは Larry Ik Evbade-Dan と書きます。「エバデダン」が名字で、「アイケー」がミドルネームにあたります。

エバデダンラリーの国籍はどこですか?

エバデダンラリー選手の国籍は日本です。国際大会の選手ページでも国籍は「JP」と表示されています。ナイジェリア人の父と日本人の母のもとに生まれ、日本で育っています。

エバデダンラリーの高校はどこですか?

エバデダンラリー選手の高校は、長野県松本市の松本国際高等学校です。在学中の2018年4月に創造学園高等学校から校名が変わったため、資料によっては「創造学園高」と書かれています。学校は同じです。

エバデダンラリーは日本語を話せますか?

日本語が母語です。岐阜県で生まれ、中学・高校・大学とすべて日本の学校に通っています。インタビューでの受け答えも入団のときのコメントも日本語です。

エバデダンラリーの出身はどこですか?

エバデダンラリー選手の出身は岐阜県海津市です。木曽川・長良川・揖斐川に囲まれた、県のいちばん南西にある市です。中学は市内の平田中学校に通っています。

エバデダンラリーの兄は誰ですか?

富士通カワサキレッドスピリッツのエバデダン・ジェフリー・宇意さんです。1998年3月17日生まれの185cmで、弟と同じミドルブロッカー。学年は3つ上にあたります。

エバデダンラリーは結婚していますか?

結婚や交際についての発表は出ていません。本人の発信もインタビューも競技の話が中心です。代表に定着して注目が集まったことで、家族まわりの話題が広がっている状況です。

エバデダンラリーは何人ですか?

日本人です。父がナイジェリア人、母が日本人のハーフで、国籍は日本。生まれも育ちも日本なので、書類のうえでも生活のうえでも日本人にあたります。

エバデダンラリーの大学はどこですか?

筑波大学です。2019年から2023年まで在籍し、3年生だった2022年にパナソニックパンサーズへの加入が発表されました。兄は中京大学の出身です。

エバデダンラリーの両親はどんな人ですか?

父はナイジェリアの出身で、母は日本人です。ふたりとも一般の方なので、名前や写真は表に出ていません。岐阜県海津市で兄弟を育てています。

エバデダンラリーの身長と最高到達点は?

身長は195cm、最高到達点は350cmです。体重は90kg、足のサイズは31cm。指を伸ばして立ったときの高さ(指高)は253cmと記載されています。

まとめ:エバデダンラリーの本名や国籍・高校と日本語

エバデダン・ラリー選手の本名は「エバデダン・ラリー・アイケー」、アルファベットでは Larry Ik Evbade-Dan です。背中の「LARRY」は名前のほうで、名字は「エバデダン」。ミドルネームが省かれる場面が多いため、本名が長く感じられます。

国籍は日本で、生まれは2000年8月18日、出身は岐阜県海津市。ナイジェリア人の父と日本人の母のもとで日本に育ち、日本代表として国際大会に出ています。日本語は話せるという段階ではなく、生活してきた言葉そのものです。

高校名が2通り出てくるのは、通っている間に創造学園高校が松本国際高校へ変わったからでした。兄のエバデダン・ジェフリー・宇意さんも同じ高校の出身で、同じミドルブロッカーとして今も現役です。

チーム名も同じで、入団したパナソニックパンサーズは2024年に大阪ブルテオンへ変わっています。古い資料と新しい資料で書かれ方が違うのは、本人が移ったからではなく、名前のほうが変わったからでした。

結婚や交際についての発表は出ていません。名前・国籍・学校のどれも、たどってみると1本の線でつながっていました。次に試合を見るときは、背中の「LARRY」の向こうにこの経歴があることを思い出してみてください。

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