「こめお」という名前をSNSやテレビで見かけて、そもそも何をしている人なのかを調べにきた方が増えています。格闘技の大会に出ていた人という説明もあれば、麻布十番の割烹の店主という説明もあって、話がつながりにくいのが正直なところです。
こめおは、本名を沼倉大将(ぬまくらだいち)という1995年生まれの料理人です。ごはんソムリエの資格を持ち、麻布十番の「割烹こめを」と浅草の蟹ラーメン店「かにを」を手がける実業家でもあります。
この記事では、本名や年齢といったプロフィールから、名前の由来、料理人になるまでの経緯、2つのお店の中身、そして料理の外で続けている活動までを順番に並べます。本人が語ってきたことと、会社が出している発表をもとに書いていきます。
- こめおが誰なのかの結論と、本名・年齢などの基本プロフィール
- 誕生日が3月7日と3月8日の2通りで出回っている理由
- 「こめお」という名前の由来と、ごはんソムリエという資格
- 白米をきっかけに料理人になった経緯
- 浅草の蟹ラーメン店「かにを」と麻布十番「割烹こめを」の違い
- 「割烹こめお」という表記が正しくない理由
- こども食堂の支援やレシピ本など、料理の外で続けている活動
- いま2つのお店がどうなっているか

格闘技の人だと思っていたら、ラーメン屋さんの話が出てきて混乱しています。

肩書きが何度も変わっている方なので、順番に並べると一気にわかりやすくなりますよ。
こめおは誰?闘う料理人と呼ばれる料理人で実業家

こめおさんは、東京で日本料理店とラーメン店を経営している料理人であり、会社の代表を務める実業家でもあります。格闘技イベント「BreakingDown」に出場して「闘う料理人」という呼び名で知られるようになり、そこから飲食の事業へ軸足を移していった人物です。
肩書きが1つに定まらないのは、料理人・実業家・元アマチュア格闘家・動画の発信者という顔を同時に持っているからです。検索したときに説明がバラバラに見えるのは、その人がどの顔を紹介しているかの違いによるものです。
まずは、名前と年齢という一番よく調べられている部分から押さえていきます。
本名は沼倉大将(ぬまくらだいち)
本名は沼倉大将(ぬまくらだいち)です。読みは「たいしょう」ではなく「だいち」で、代表を務める会社の発表でも、この表記が使われています。
本名がはっきり確認できるのは、企業としての発表があるからです。浅草の蟹ラーメン店を開いたときのプレスリリースには、株式会社蟹をの代表者として「沼倉大将」と記載されています。
芸名やリングネームのように別名を名乗っているわけではなく、活動名の「こめお」と本名を場面で使い分けている形です。飲食店の運営や会社の発表では本名、SNSや動画では「こめお」が使われます。
年齢は31歳|誕生日が3月7日と3月8日に割れている理由
年齢は31歳です。1995年3月生まれなので、2026年の3月に31歳になりました。
ややこしいのは、誕生日が「3月7日」と書かれている場合と「3月8日」と書かれている場合の両方が出回っていることです。どちらが正しいのか、根拠にたどれる形で確かめられます。
手がかりは2つあります。1つ目は本人の投稿で、「本日で30歳になりました」という文章が2025年3月7日にXへ投稿され、Instagramにも「3/7で30歳になりました。」と書かれています。本人が「本日で30歳」と書いた日が3月7日なのですから、誕生日は3月7日ということになります。
2つ目は書籍のプロフィールです。レシピ本『こめおメシ ごはんに合いすぎるおかず&どんぶり』の著者紹介にも「1995年3月7日生まれ」と記載されています。本人の投稿と書籍の記載が一致しているので、3月7日で問題ありません。
3月8日という数字が残っているのは、2022年から2024年ごろに作られたプロフィールが引き継がれているためと考えられます。あとから本人の投稿が出たことで、日付の側が更新されないまま残ってしまった形です。
| 書かれ方 | 根拠になっているもの | この記事での扱い |
|---|---|---|
| 1995年3月7日 | 本人の「本日で30歳になりました」という投稿(2025年3月7日)と、レシピ本の著者プロフィールの記載 | 採用 |
| 1995年3月8日 | 2022〜2024年ごろに作られたプロフィールの記載 | 採用しない(更新前の情報とみられる) |
活動名の由来はお米とごはんソムリエの資格
活動名の由来はお米です。ご飯のおいしさに強く感動した経験が出発点になっていて、その後に「ごはんソムリエ」という資格を取ったことから、この名前を名乗るようになりました。
ごはんソムリエは、お米の品種の違いや炊き方、保存の仕方などを扱う民間の資格です。本人はインタビューで、この資格を通して「あらゆる面からお米を捉えることができるようになった」と語っています。
格闘技の大会に出ていたころの呼び名は「闘う料理人」でした。いまは「世界で闘う料理人」という肩書きをSNSのプロフィールに掲げていて、活動の重心が飲食の事業に移っていることが名乗りからも読み取れます。
wiki風プロフィール早見表
こめおさんのプロフィールは、本名が沼倉大将、1995年3月7日生まれの31歳で、肩書きは料理人・実業家・元アマチュア格闘家です。
ここまでの情報を1つの表にまとめました。数字や肩書きは、会社の発表・書籍のプロフィール・本人の投稿で確認できたものだけを載せています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 活動名 | こめお |
| 本名 | 沼倉大将(ぬまくらだいち) |
| 生まれ | 1995年3月7日 |
| 年齢 | 31歳 |
| 出身 | 東京都と福島県の2つが出回っている(書籍の著者プロフィールは東京都) |
| 身長 | 170cm前後(媒体により172cmの記載もあり) |
| 肩書き | 料理人/実業家/元アマチュア格闘家 |
| 資格 | ごはんソムリエ |
| 会社 | 株式会社Fooppy(割烹こめをの営業者)/株式会社蟹を(かにをの運営) |
| 店 | 割烹こめを(東京都港区麻布十番)/かにを(東京都台東区浅草) |
| X | @komeo1144 |
身長は媒体によって数字が違い、170cmと172cmの両方が出ています。本人や会社が数値を出したものではないため、この記事では幅を持たせて書いています。
出身地はもっとはっきり割れていて、東京都と福島県の2つが出回っています。このうち出どころをたどれるのはレシピ本の著者プロフィールで、そこには「東京都出身」と書かれています。
こめおが料理人になった経緯|白米が転機になった

こめおさんが料理人になった転機は白米です。料理の学校を出たわけでも、有名店で長く修業したわけでもありません。
料理の学校を出たわけでも、有名店で長く修業したわけでもありません。お米のおいしさに気づいたところから料理の道に入った、というのがこの人の始まりです。
本人がインタビューや動画で自分から語ってきた話なので、経歴として公になっている部分です。ここでは時期の流れが分かるように、3つの区切りで並べます。
シングルマザーの家庭で育った子ども時代
子どものころの話を、本人はインタビューでこう振り返っています。「シングルマザーの家庭だったので、母が仕事前につくった料理をひとりで食べることが日常でした」という言葉です。
続けて「日によっては、家に何も食べるものがないという日も」とも語っています。ごはんが当たり前にあるものではなかった、という感覚が出発点にあることが分かります。
のちに手ごろで簡単なレシピにこだわるようになるのも、こども食堂の支援を始めるのも、この時期の経験とつながっています。料理を「特別なもの」ではなく「毎日の支え」として見ているところが、この人の一貫した軸です。
10代で学校を離れてから
こめおさんは高校を入学から1か月ほどで中退し、10代のうちから飲食店や建築の現場で働いていました。
高校は入学から1か月ほどで中退しています。学校を離れたあとは飲食店や建築の現場で働き、10代のうちから働き手として社会に出ていました。
その後、20歳前後で刑務所へ収容された経験があることも、自分から公表しています。本人は自分のプロフィールに、2015年に収容され2020年に出所した、という年だけを短く記しています。
この時期のことを、本人は「怒涛な20代」という言葉で振り返っています。ここから料理の道に入り、いまの姿につながっていきます。
白米のおいしさが転機になった
料理へ向かうきっかけは、収容されていた期間に食べた白米でした。インタビューでは「年に数回ほど白米だけで提供されることがあるのですが、その時に『本当においしいな』と心から思えた」と語っています。
おかずのない白米だけを口にして、それをおいしいと感じた。この体験がお米そのものへの興味に変わり、出所後の「ごはんソムリエ」の資格取得につながります。
飲食の世界に入る前に、まずコンサルティング会社でマーケティングの仕事を経験しています。料理の技術より先にビジネスの側から入っているところが、この人の経歴の特徴です。
こめおの経歴|会社の設立からBreakingDownまで
こめおさんの経歴は、会社を立ち上げて行き詰まり、雇われの料理人として働き、格闘技で名前が知られてから自分の店に至る、という順番です。
お米に詳しくなったあと、いきなり自分の店を持てたわけではありません。会社を立ち上げて行き詰まり、雇われの料理人として働き、格闘技で名前が知られてから自分の店に至る、という順番をたどっています。
知名度と店の関係が分かりやすい経歴なので、時期を追って見ていきます。
会社を立ち上げて1年で行き詰まる
2020年に自身の会社「株式会社Fooppy」を設立し、お米のブランドを立ち上げます。日本で初めてのブレンド米の専門店として打ち出したものの、この事業はおよそ1年で行き詰まりました。
お米に詳しくなったことと、お米で商売が成り立つことは別だった、という経験です。この失敗のあとに、自分には料理しかないと考えて料理人の道を選び直しています。
会社そのものは2023年に立て直され、いまは麻布十番の割烹の営業者になっています。同じ社名が、失敗した米の事業と現在の店の両方に出てくるのはこのためです。
雇われの料理人として腕を磨く
事業をたたんだあと、知人の紹介で六本木の店に入り、雇われの立場で料理人としての経験を積みます。この時期に和食の技術を身につけました。
資格から入った人が、現場で手を動かす側に回った期間です。あとから「割烹」という業態を選べたのも、ここで積んだ経験があったからだと考えられます。
そしてもう1つ、2020年に起きた出会いがあります。のちに浅草の蟹ラーメン店を共同で立ち上げることになる溝口勇児さんと知り合ったのが、この年でした。
BreakingDownで一気に名前が知られる
転機になったのが、2022年3月に格闘技イベント「BreakingDown」へ初出場したことです。料理人という異色の肩書きと激しい振る舞いが注目を集め、「闘う料理人」として一気に名前が知られるようになりました。
初出場の大会では瓜田純士さんと対戦して敗れています。それでも大会後に動画の再生が伸び、飲食店を出すための知名度がここで一気に積み上がりました。
知名度が上がったことで、2023年に麻布十番へ自分の店「割烹こめを」を開くところまでつながります。格闘技が目的だったというより、店を持つための足がかりとして働いた形です。
2024年に競技から離れる
格闘技の活動は2024年11月に区切りをつけています。引退を伝えたときには「俺の生きる道はここじゃないわ」という言葉を残しました。
そのうえで、今後の目標は料理人としてミシュランを取ることだと語っています。「今まで何も実績を出したことがなくて。一流になったことがなくて。それがコンプレックス」とも話していました。
格闘技で得た知名度を、料理の実績に変えていく段階に入った、という位置づけです。ここから浅草の蟹ラーメン店の立ち上げにつながっていきます。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1995年3月7日 | 誕生 |
| 2010年代前半 | 高校を約1か月で中退し、飲食店や建築の現場で働く |
| 2015年〜2020年 | 刑務所へ収容され、2020年に出所 |
| 2020年 | ごはんソムリエの資格を取得。株式会社Fooppyを設立して米事業を始める(約1年で行き詰まる) |
| 2020年 | 溝口勇児と出会う |
| 2022年3月 | BreakingDownに初出場し「闘う料理人」として注目される |
| 2023年 | 麻布十番に「割烹こめを」を開店 |
| 2024年11月 | 格闘技イベントからの引退を表明 |
| 2026年5月4日 | 浅草に蟹ラーメン店「かにを」を開店 |
こうして並べると、飲食の事業に本腰を入れてからまだ3年ほどしかたっていないことが分かります。名前の広まり方に対して、店を持ってからの時間は思ったより短いのです。
こめおのラーメンは浅草の蟹ラーメン専門店かにを
ラーメンの話で名前が出てくるときに指しているのは、浅草の蟹ラーメン専門店「かにを」です。2026年5月4日にオープンした店で、株式会社蟹をが運営しています。
お米から入った料理人がなぜ蟹のラーメンなのかというと、約2年かけて味を作り込んだうえで、海外にも通じる一杯として打ち出したためです。会社の発表では「世界規模で勝負するための激辛蟹ラーメン屋」と紹介されています。
浅草の店の基本情報早見表
店の場所と営業時間は、会社が出したプレスリリースに書かれている内容をそのまま載せます。2026年9月4日に確認した時点の内容です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | かにを(Kaniwo) |
| 所在地 | 〒111-0032 東京都台東区浅草2丁目22-8 田中ビル1・2階 |
| オープン日 | 2026年5月4日 |
| 営業時間 | 11:30〜21:00 |
| 定休日 | なし |
| 運営 | 株式会社蟹を(代表者:沼倉大将) |
| 特徴 | 蟹の旨味を軸にした一杯/辛さを13段階から選べる/ハラルフレンドリーの基準を採用 |
辛さは0辛から100辛まで13段階
この店の分かりやすい特徴が辛さの段階です。0辛から10辛までが1段階ずつ、そこに30辛と100辛が加わって、全部で13段階から選べる仕組みになっています。
辛さゼロが用意されているので、辛いものが苦手でも蟹の味だけを目当てに入れる構成です。逆に100辛のような極端な段階があることで、挑戦目的の来店や動画のネタにもなりやすくなっています。
価格は1杯2,000円前後で、ラーメンとしては高い部類に入ります。蟹をたっぷり使う分、材料の原価が上がるためと考えられます。
誰でも食べられるように考えられた一杯
会社の発表で強調されているのが、宗教や文化の違いを越えて食べられるようにした点です。「ハラルフレンドリー」の基準を採用し、誰もが安心して同じ一杯を楽しめる環境を整えていると書かれています。
浅草という場所柄、海外から訪れる人が多いことも背景にあります。「世界規模で勝負する」という打ち出しは、この設計とつながっています。
お米から始まった料理人が、ラーメンで海外を意識した店を出す。遠回りに見えますが、出発点が「白米のおいしさ」だったことを知ると、料理そのものへの入り口だったのだと分かります。
こめおの店は割烹こめお?正しい表記は割烹こめを
検索するときに「割烹こめお」と打ち込む人が多いのですが、店の正式な表記は「割烹こめを」です。人の名前は「こめお」、店の名前は「こめを」で、最後の1文字が違います。
この1文字の違いは、報道でも会社の発表でも「こめを」で統一されています。検索して情報が見つかりにくいと感じたときは、この表記を切り替えると一気に出てきます。
人の名前と店の名前で最後の文字が変わる
整理すると、人=こめお、麻布十番の店=割烹こめを、浅草の店=かにを、運営会社=株式会社蟹をという並びになります。店と会社の側は「を」で終わる形にそろえられています。
この命名は偶然ではなく、屋号として意識的にそろえたものと考えられます。SNSのアカウント名も、店のほうは「comewo」「kaniwo」という綴りが使われています。
読み方はどちらも「こめお」と発音するので、耳で聞いた人が「割烹こめお」と書いてしまうのは自然なことです。間違いというより、音から文字に起こすときに起きるずれです。
| よくある書き方 | 正しい表記 | 指しているもの |
|---|---|---|
| 割烹こめお | 割烹こめを | 麻布十番の日本料理店 |
| かにお | かにを | 浅草の蟹ラーメン専門店 |
| 株式会社かにを | 株式会社蟹を | 浅草の店を運営する会社 |
| こめを(人物として) | こめお | 人物の活動名 |
麻布十番の割烹はどんな店か
麻布十番の店は、蟹ラーメンではなく日本料理の割烹です。2023年に開いた店で、コース中心の創作和食を出しています。
年末にはおせちの通販も手がけていて、本人のプロフィールには売上5,000万円という数字が載っています。店の年商は1.5億円と記されており、飲食の事業としてはすでに一定の規模です。
浅草のラーメン店とは業態も価格帯もまったく違う店です。同じ人が手がけているだけで、行くお客さんの目的は別だと考えたほうが分かりやすくなります。
2つの店で運営している会社が違う
意外と知られていないのが、2つの店の運営会社が別だという点です。麻布十番の割烹の営業者は株式会社Fooppy、浅草のかにをは株式会社蟹をが運営しています。
浅草の店は、WEIN/BACKSTAGE Groupの代表と組んだ共同経営という形で立ち上げられました。1人で2店舗を回しているというより、組む相手を変えて別の事業として動かしている形です。
この違いは、お店の情報を調べるときにも効いてきます。会社が別なので、発表が出る先も別々になるからです。
| 比べる軸 | 割烹こめを | かにを |
|---|---|---|
| 業態 | 日本料理の割烹 | 蟹ラーメン専門店 |
| 場所 | 東京都港区麻布十番 | 東京都台東区浅草 |
| 開店 | 2023年 | 2026年5月4日 |
| 運営・営業者 | 株式会社Fooppy | 株式会社蟹を |
| 看板の商品 | コースの創作和食・年末のおせち | 13段階の激辛蟹ラーメン |
| 使う場面 | 会食や記念日などのゆっくりした食事 | 1杯で食べて帰る食事・観光のついで |
同じ「こめを」「かにを」という名前でも、この表のとおり中身はまったく別物です。名前が似ているぶん、行き先を間違えないように押さえておきたいところです。
こめおが料理の外でしていること|こども食堂とレシピ本
店の運営や動画の発信のほかに、こども食堂の支援を続けています。子どものころの経験と地続きになっている活動で、人物像を知るうえでいちばん分かりやすい部分です。
ここでは、レシピ本と支援活動、そして本人が語っている料理観の3つを紹介します。
こども食堂の支援を各地で続けている
インタビューでは「こども食堂の支援活動を始めました」と語り、東京・群馬・大阪・福岡などで開催していることを明かしています。1か所にとどまらず、各地を回る形です。
母親が仕事に出る前に作った料理をひとりで食べていた、という子ども時代の話とつながる活動です。何も食べるものがない日もあった、という経験がそのまま動機になっています。
店の名前を広げるための活動というより、自分が受け取れなかったものを渡し直している、という性質の活動に見えます。
レシピ本の印税は全額を寄付
レシピ本『こめおメシ ごはんに合いすぎるおかず&どんぶり』を出しています。この本の印税は全額を寄付すると表明しました。
本の中身についても、こだわりを語っています。「できるだけ手間と材料費がかからないレシピを紹介したかった」という言葉で、ファンにシングルマザーで子育てをしている人が多いことを理由に挙げています。
凝った料理を見せる本ではなく、毎日の食卓で本当に作れるものを並べた本、という作り方です。ここでも「特別な料理」ではなく「毎日の支え」という軸が通っています。
「おいしい」という言葉についての考え方
本人が繰り返し口にするのが「おいしい」という言葉です。インタビューでは「『おいしい』という言葉は、コミュニケーションのなかで生まれるものだと思う」と語っています。
そのうえで「こどもたちから『おいしい』を引き出せるように」とも話しています。味そのものより、誰とどう食べたかを含めて料理を見ている、という考え方です。
この記事で紹介してきた経歴を並べると、お米・こども食堂・手ごろなレシピという3つが、同じ考え方から出ていることが分かります。肩書きは変わっても、ここは一貫しています。
こめおの現在|話題になったことと2つの店のいま
いま検索が増えているのは、2026年の夏から秋にかけて話題になったできごとがあるためです。公表されている事実を短く整理しておきますね。
細かい経緯は日々動いていて、確定していない部分もあります。
炎上といわれているのは何か
炎上といわれているのは、2026年5月の蟹の産地をめぐる指摘と、同じ年の8月の夏祭りの出店の2つです。
話題になったことは大きく2つあります。1つ目は2026年5月、浅草の店で使っている蟹の産地をめぐる指摘です。
本人は、使っているのが中国産やタイ産などであることを認めたうえで、国産のソフトシェルクラブは1日に必要な量を確保できないと説明しました。2つ目は同じ年の8月、地域の夏祭りに出店した商品をめぐるできごとです。
どちらも本人が説明の文章を出しています。日々更新される話なので、最新の状況は本人のXでの発表を見るのが確実です。
閉店するのかどうか
こめおさんの店が閉店するのかどうかは、店をたたむという発表が出ていません。ただし麻布十番の割烹は営業を休んだままで、再開の日は示されていません。
店をたたむという発表は出ていません。一方で、麻布十番の割烹は2026年9月上旬から営業を休んだ状態が続いています。
再開しているかどうかは、公式の予約ページを開けば読者の方でも確かめられます。2026年9月16日に公式サイトからつながる予約システム(TableCheck)を開いたところ、人数を選んだ先の日付選びで「利用可能な日付はありません」と表示され、先の日程まで1日も枠が出ませんでした。予約が取れる状態に戻っていない、ということです。
公式サイトのお知らせ欄も、いちばん新しいものが2023年11月のままで、再開についての案内は載っていません。本人は8月末に「一度、営業を休止し1から向き合います」と説明していて、そこから先の日取りは出ていない形です。
浅草の蟹ラーメン店のほうは、休業や閉店の発表は出ておらず、通常どおり営業を続けていると報じられています。2つの店は運営会社が別なので、片方の状況がそのままもう片方に当てはまるわけではないからです。
再開の時期は示されていないため、行くつもりの方は予約ページに枠が戻っているかを見るのがいちばん早い確かめ方になります。
目標に掲げているのはミシュラン
こめおさんが目標に掲げているのはミシュランです。格闘技から離れるときに、料理人としてミシュランを取ることを語っています。
これから何を目指しているのかは、本人がはっきり口にしています。格闘技から離れるときに語ったのが「料理人としてミシュランを取ること」でした。
「今まで何も実績を出したことがなくて。一流になったことがなくて。それがコンプレックス」という言葉も残しています。知名度が先に来た人が、料理の実績をあとから積みにいく、という構図です。
私はこう思っています。この人を「格闘技で有名になった人」とだけ見ると、たぶん見誤ります。お米・こども食堂・手ごろなレシピという線がずっと通っていて、格闘技はそこへ行くための通り道だったように見えるからです。
ただ、それが結果につながるかどうかは、現時点では分かりません。目標として語られていることと、実際に評価されることは別だからです。いま分かっているのは、本人が何を目指すと言っているかまでです。
こめおに関するQ&A
こめおは誰ですか?
こめおさんは、東京で日本料理店とラーメン店を経営している料理人で実業家です。格闘技イベントのBreakingDownに出て「闘う料理人」と呼ばれるようになり、そこから飲食の事業に軸足を移しました。本名は沼倉大将さんです。
こめおの本名と読み方は?
こめおさんの本名は沼倉大将(ぬまくらだいち)です。「たいしょう」ではなく「だいち」と読みます。自身が代表を務める会社のプレスリリースにも、この表記で記載されています。
こめおは何歳ですか?
31歳です。1995年3月7日生まれで、2026年3月に31歳になりました。誕生日を3月8日としている場合もありますが、本人が「本日で30歳になりました」と書いた日が3月7日でした。
こめおの出身はどこですか?
こめおさんの出身は、2つの説が出回っています。レシピ本の著者プロフィールは東京都出身ですが、福島県という紹介も広く見かけ、本人が言い切った発言は見つかっていません。
こめおの店はどこにありますか?
こめおさんの店は2軒あります。日本料理の割烹こめをが東京都港区麻布十番、蟹ラーメン専門店のかにをが東京都台東区浅草2丁目22-8です。名前は似ていますが業態も価格帯も違います。
「割烹こめお」と「割烹こめを」はどちらが正しいですか?
店の名前は「割烹こめを」が正しい表記です。人の活動名が「こめお」で、店の名前は最後が「を」になります。読み方はどちらも同じなので、聞いた音から書くと入れ替わりやすい部分です。
こめおはなぜ料理人になったのですか?
こめおさんが料理人になったきっかけは白米のおいしさです。おかずのない白米だけを食べて「本当においしいな」と感じた経験からお米に興味を持ち、ごはんソムリエの資格を取って料理の道に入りました。
こめおは今も格闘技をやっていますか?
こめおさんは今は格闘技をやっていません。2022年3月にBreakingDownへ初出場して名前が知られましたが、2024年11月に引退を表明しています。現在は料理人・実業家としての活動が中心です。
こめおは結婚していますか?
結婚しているという発表は出ていません。家族については、母親と兄・姉のいる家庭で育ったことを本人が語っていますが、配偶者や交際相手について本人が明らかにしたものはないため、この記事では踏み込みません。
こめおのSNSはどこで見られますか?
こめおさんのSNSは、Xが@komeo1144、Instagramが@comeo_comelです。YouTubeの「こめおチャンネル」やTikTokもあり、SNSの合計フォロワーは100万人を超えています。状況が動いたときに最初に情報が出るのはXです。
まとめ|こめおは誰かを一枚で振り返る
こめおさんは、本名を沼倉大将という1995年生まれの料理人・実業家です。
この記事では、こめおさんが誰なのかを、本名や年齢から現在の活動まで順番に紹介しました。最後に要点を並べておきます。
- 本名は沼倉大将(ぬまくらだいち)、1995年3月7日生まれの31歳
- 活動名の由来はお米で、ごはんソムリエの資格を持っている
- 白米のおいしさをきっかけに料理の道へ進んだ
- 2022年にBreakingDownへ出て「闘う料理人」として知られ、2024年11月に引退
- 麻布十番の「割烹こめを」(2023年)と浅草の「かにを」(2026年5月4日)を手がけている
- 「割烹こめお」ではなく「割烹こめを」が正しい表記で、運営会社も店ごとに違う
- こども食堂の支援を各地で続け、レシピ本の印税は全額を寄付
- 目標として掲げているのは、料理人としてミシュランを取ること
肩書きが何度も変わってきた人なので、断片だけを見ると人物像がつかみにくくなります。お米から料理に入り、格闘技で名前を広げ、いまは店と支援活動を並行して動かしている、という順番で並べると輪郭が見えてきます。
お店の状況は動くことがあるので、行くつもりの方は本人や店のSNSで最新の案内を確かめてくださいね。

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